■首位サントリーとの連戦で感じた圧倒的な力の差
ネット越しに対峙した先輩セッターの背中を、とても大きく感じた2日間だった――。
3月20日(土)、21日(日)に行われた、V.LEAGUE DIVISION1 MEN(V1男子)サントリーサンバーズ対大分三好ヴァイセアドラー。20日(土)終了時点で21連勝、V・レギュラーラウンド優勝を決めたサントリーと、リーグ最下位で苦しむ大分三好の試合は、2戦ともに大分三好がストレート負けを喫した。
あらゆる面で高い組織力を発揮するサントリーに、大分三好は終始、翻弄された。
攻撃が通り、シーソーゲームになる展開もあったものの、「自分たちがやりたい攻撃もできず、サーブで崩されて攻撃を両サイドに絞られて…。相手のやりたいようにやられる展開が多かった」と、セッターの井口直紀(大分三好)が振り返るように、サーブレシーブが安定せず、単調になった攻撃はブロックに阻まれ、自チームの不必要なミスも目立つ苦しい試合だった。
大分三好の司令塔として先発起用が続くルーキーの井口は、初めてシーズンを通して戦う中で、その厳しさやレベルの高さを痛感していた。
■ネットを挟んで感じた“先輩”の偉大さ
トップチームとの力の差を肌で感じた、サントリーとの連戦。ネットを挟んだ相手コートで、司令塔として世界レベルのスパイカー陣を操っていたのは、東亜大時代の2年上の先輩、大宅真樹だった。
大宅は、大学を卒業後、サントリーに入団。今季は22連勝(3月21日終了時点。歴代の連勝記録ランキングを16年ぶりに更新)と圧倒的な強さを示しシーズン優勝に迫るチームの主将であり、先発セッターとして成長を遂げている気鋭の若手選手。
そんな大宅は、井口にとって同じ九州出身ということもあり、友達のように何でもさらけ出せる親しい存在でもある。しかし、コートで向かい合った“セッター”としての先輩は、勝負の世界の厳しさを容赦なくぶつけてくる、厳しい存在だった。
「サントリーのキャプテンとしてチームを引っ張っていく姿。セッターとしては、ゲームを通してこちらの嫌なところを突いてくる組み立て。また、勝負どころでは2枚、3枚ブロックがついてもムセルスキー選手で決めてくる、そのトスの正確性。ゲームの入りから終わりまで集中力を保てるところ。そういう部分が自分には足りないな、と感じました」(井口)
■「僕より上手なセッター、ライバルだと思っています」(大宅)
井口は小学校1年生の頃、地元の「三輪スポーツクラブ少年団」に入団。兄の影響もあり、7歳にしてバレーボール人生を歩み始めた。中学3年生時にはJOCジュニアオリンピックカップ(JOC杯)で福岡代表のセッターを務め、優勝を飾る。
東福岡高2年時には、世代トップレベルを誇るスパイカーたちと息の合った攻撃を展開し、インターハイ、国体、春の高校バレーで優勝。全国大会での三冠達成に貢献した。また、持ち前の果敢なトスワークを武器に、2014年のアジアユース選手権や2015年の世界ユース選手権も経験。3年時には、国体と春高バレーで連覇を成し遂げるなど、全国レベルの仲間とともに輝かしいキャリアを積み重ねてきた。
その後は東亜大に進学。大学4年時には、主軸として全日本インカレベスト8と奮闘。高校、大学の同級生である古賀健太とともに大分三好に内定すると、2019年12月14日には、内定選手として東レアローズ戦でV.LEAGUEデビュー。2020年1月18日のJTサンダーズ広島戦では先発出場を果たすなど、チームの即戦力として迎えられた。
そんな井口のことを、サントリーの司令塔・大宅は、真剣な表情で“ライバル”だと語る。
「僕自身、大学時代からライバルと思って(井口に)接していました。もともと僕よりいいセッターだと思っているので、“成長したな”とか、上からは評価できませんが、大学時代と比べてていねいさが出てきたかな、と思います。あとは、人を思いやれるようになったというか、表情などが変わったかな、と感じています。
僕がルーキーの時は、もちろん、その時から『自分が中心でいたい』という気持ちはありましたが、先輩方に引っ張られてやってきたので。僕のよさをみんなが出してくれていたのが1年目だと思っています。しかし、井口選手はもうルーキーの山田(滉太)選手と2人で軸として動いている。客観的に見て『すごいな』と思います」。
■先発セッターとしてチームを託されたルーキーイヤー
今季は主に井口と、彼の4年上で同じ東福岡高出身の藤岡諒馬を先発セッターとして起用している大分三好。そこは頭を悩ませたという小川貴史監督だが、「今季は新戦力や新外国人選手の加入など、新しいチャレンジをしていく中で、井口選手のコンビ力、トス回しの質という部分を、チームの新しい展開としてスタートから出していこうという狙いがありました」と話すように、開幕から数試合は、井口が先発で起用される体制が続いた。
コロナ禍で外国籍選手の合流が遅れたチームは、体制が整うまでに時間を擁し、「新人選手が大事な試合を担ってやっていくのも正直、酷だ」(小川監督)と、藤岡を先発起用した時期もあった。しかし、“やはり、新しいチャレンジをしていこう”と中盤以降は再び井口を司令塔に据え、ルーキーに実戦経験を積ませながら、チーム力を強固にすべく戦っている。
チームとしても軸が定まった中、新人セッターが躍動。特に、2月初週に開催されたVC長野トライデンツ戦では、外国人選手とのコンビやミドルブロッカーを含めた連係が形になってきたことで、連勝を飾ることができた。少しずつ前進していることを証明した連戦だった。
■環境の違いはあれど、勝利への執念は変わらない
VC長野にこそ勝利したものの、その後は再び厳しい試合が続き、大分三好は最下位を抜け出せずにいる。その中で井口は、「自分も山田もそうですし、若手ながら主力でチームを引っ張っていく中で、もっとアグレッシブにやっていかなければならない」と、闘志を燃やし続ける。
学生時代は各カテゴリーにおいて全国トップのチームに在籍したが、社会人になった井口は、より厳しい環境に身を置いている。大分県大分市をホームタウンとする大分三好は、三好内科・循環器科医院開業と同時に1994年に創部されたチーム。多くの選手たちが病院に勤務しながらバレーボールに打ちこんでおり、井口も、そのうちの一人だ。
大宅とは、チームの資金力やバレーボールに打ち込める環境に差があるかもしれない。
しかし、トップリーグで活動を続ける以上、勝利を追求するのは当然のこと。そうして競技を盛り上げていきたい、地元や応援してくれる人たちを勇気づけたいという井口の思いは、どんな環境であれ変わることはない。
■先輩に追いつき、追い越せるように
ネット越しに対峙した先輩セッターの背中を、とても大きく感じた2日間だった。しかし、井口は決してそのことを、悲観的には捉えていない。
「同期の金子(聖輝・JT広島)もここ最近、スタメンセッターとしてプレーをしている中で、自分も負けていられないですし、各チームで活躍する学生時代の先輩方にも、もっと追いつけるように。そして追い越せるように、チームの主軸として頑張っていきます」。
ルーキーイヤーに監督からチームを託された、かけがえのない経験と信頼を武器に。次は自分が、後輩たちが追いかけたくなるような立派な背中を示せるように。井口は今、再起を図るチームと共に、新たなバレーボール人生を歩んでいる。
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リーグも残すところあと2戦。V・ファイナルステージ進出を逃した大分三好は、3月27日(土)、28日(日)の東レアローズ戦でV・レギュラーラウンド閉幕を迎える。
今季一度も勝利していない相手との対戦だが、勝ち星をあげられなければ、V2との入替戦「V・チャレンジマッチ」への進出が決定する。入替戦進出を阻止し、V1残留を勝ち取ることができるか。まずはその目標を達成すべく、今週の大一番に挑む。
■井口直紀〈いのくち・なおき/大分三好ヴァイセアドラー/1997年4月27日生まれ/身長173センチ/福岡県出身/東福岡高→東亜大/セッター>