手応えと課題を感じた黒鷲旗
誰も平成の終わりを予想しなかった2016年1月、チームを春高バレー優勝に導いた東福岡高の主将兼エースは、高校卒業と同時にセッターへ転向。大学には進まず、JTサンダーズへ入団し、社会人の道を歩み始めた。
それから、月日が経つこと4年。大学生で言えば4年生、最上級生になる年。令和時代の到来と共に開催された黒鷲旗のコートには、日本代表合宿への参加で不在の深津旭弘に代わり、JTサンダーズのメインセッターとして奮闘する金子聖輝の姿があった。
黒鷲旗では、エドガー・トーマスや劉力賓ら強力な外国人選手と巧みな日本人選手の長所を生かしながら、基本に忠実な攻撃を展開した金子。初めは「少し無理をしてでもミドルブロッカーを使っていこう」と考えていたが、 “最初はシンプルでいいから、余裕が出てきたら自分らしさを出していこう”というヴコヴィッチ・ヴェセリン監督のアドバイスも受け、余裕を持って試合に臨むことができた。
しかし、いったん自分の中で歯車がくるうと、変に考えすぎてしまう。決勝進出を懸けて戦ったパナソニックパンサーズとの準決勝戦では、両サイドの外国人選手の決定力に頼る中での“攻撃のスピード感”を要所で作り切れず、流れを引き戻せないまま一旦コートを去る場面も。
令和初の公式戦は、金子にとって、いい感覚をつかめた分、課題も認識できた“よき修行の場”となった。
決して揺るがぬ‟覚悟”
セッターへの転向。それはもちろん、簡単なものではなかった。全てのプレーをオールマイティにこなす器用な金子だが、トップチームのセッターとなると、技術も知識も格が違う。また、JTサンダーズには深津ら経験豊富なセッターも在籍しており、リーグでの出場機会もそう簡単には巡ってこない。
‟今のままで成長できるのか”、‟もし大学に行っていればもっと経験を積めたかもしれない…”。練習でも壁にぶち当たり、正直、いろいろ悩んだ時期もあった。それでも、ある思いだけは決して揺らぐことがなかったという。
「セッターとしてやっていく、と決めたことを後悔したことはありません。もうスパイカーには戻らない。覚悟を持って取り組んでいます」(金子)
それから、国体や黒鷲旗など、若手選手がメインで出場する試合で着々と経験を重ねた金子。日本代表のアンダーカテゴリーでも海外での試合経験を積み、日々の鍛錬の中でセッターとしての自信や知識、感覚を身につけていった。
世界を代表するスパイカー、エドガーから学んだ強さ
まだまだ未熟な自分。黒鷲旗に向けて朝練習をしていたある日、エドガーが体育館にやってきた。「マサ(金子)、俺も一緒に練習するよ!」(エドガー)。するとエドガーは、金子が上げるトスの先に立って、「もっと速く! 高いところで捕らえて! もっとプッシュ! アグレッシブに!」と、1本1本のトスに必死に声をかけてくれた。
その日以降、何も言わずとも朝練習の相手をしてくれたエドガーから、金子は強さと優しさを学んだ。「あんなにすごい選手なのに、いつも気遣って声を掛けてくれて、朝練習にも何も言わずに付き合ってくれて。しっかり自分の軸を持っていてカッコイイですよね。人として尊敬しています」。たまに二人で外食に行けば、愚痴を言い合い、熱くバレーについて語る、良き仲間。
黒鷲旗でも、試合後にエドガーが金子を呼び、熱心にアドバイスを送る場面があった。
準々決勝の堺ブレイザーズ戦。第1、第2セットとリズムよくセットを奪って迎えた第3セット、出だしからリズムが崩れたことを指摘されたのだ。エドガーは、「今日はいい仕事をしたぞ。でも、若い選手には多いことだが、調子に乗ってはいけない。冷静に考える中で遊び心を発揮すること、そして3セットを取り切るまでしっかりやることが大事なんだ」と、金子を叱咤激励。その後、二人は目配せをし、ガッチリと握手を交わした。
自らの態度をもって”プロ選手としての心意気”を示してくれたエドガー。世界を代表する名プレーヤーの強さと優しさを間近で感じた金子は、今季、もうひと回りたくましくなった。
周囲の期待も力に変えて
チームメイトとして金子の成長を見てきたエドガーは、セッターとしての彼について、こう語る。「チームの中では深津がメインなので、なかなか試合出場の機会がなく難しいところはあると思いますが、その中でも彼のトス回しや技術的な部分はすごく成長していますし、しっかりゲームを組み立てていると思います。セッターはすごく難しいポジションですが、まだ彼は21歳なので、経験できることや学ぶことがたくさんある。会社もチームメイトも、それを理解して成長を促していくことが大事ですね。若いですがよく頑張っていますし、日本だけではなくて海外を見ても、セッターとしてベストな選手はほとんどが20代後半。まだまだこれから活躍できる選手です」
とにかく一生懸命、がむしゃらに。“セッターだからトスだけ”ではなく、ブロック、レシーブ、つなぎ、声出しにも、常に全力を発揮する。黒鷲旗のコートに立っていた金子からは、「チャンスをものにする!」と言わんばかりの熱量が、ひしひしと感じられた。
いつも近くで見てくれているチームメイト、そして、バレーボールを始めた頃から支えてくれている家族や恩師など、多くの人々からの声援も力に変えて。活躍の舞台を平成から令和に移した“セッター金子聖輝”は、安定してコートに立てる司令塔になるべく、日々努力を積み重ねている。(取材:永見彩華)
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