稀代のバレーボーラーがコートを去った。国内リーグでは2部に相当する、V.LEAGUE DIVISION2(V2リーグ男子)の富士通カワサキレッドスピリッツのアウトサイドヒッター、中川剛のことだ。5月1日から丸善インテックアリーナ(大阪市中央体育館)で開催されていた第68回黒鷲旗 全日本男女選抜大会で引退した。
■中川剛/グレイテストショーマンは永遠に
中川の一挙一動は、これまで多くの観客を沸かせ、魅了してきた。
例えば、自らの得点シーンでは、コートを駆け回り、趣向を凝らしたパフォーマンスで喜びを表現した。試合中、アップゾーンで控えている時には、すぐそばに陣取るボランティアの学生たちを巻き込んで、得点時のセレブレーションを演じた。タイムアウトの円陣で監督が話している時でさえ、スタンドから「中川さぁーん!!」との声が上がれば、すぐさま振り向いて手を振り、応えてみせた。
V2リーグがV・チャレンジリーグの名称であったころから、そのスタイルはファンの中でも知れ渡っており、リーグにおける一つの“見どころ”でもあった。
そこには、富士通がモットーとする『明るく、楽しく、そして強く』と、彼自身のこの競技に対する思いがあったから。
「1点ごとに、チームの仲間やファンと喜べる瞬間が25点分、もっとも多ければ5セットあるわけでしょう。一試合の中で、それだけあるのはバレーボール以外ないと思う。だから僕は、このスポーツが好きなんです」
“大好きなバレーボールを多くの人と分かち合いたい”、そんな願いが、時にコミカルに映る姿に込められていたのである。
ファンを魅了した『グレイテストショーマン』
幼少期から騒ぐのが大好きで、それはバレーボールに出会ってから、そして、キャリアを終えるまで変わることはなかった。V.LEAGUEでオールスターゲームが開催されるようになってからは、ファン投票で出場選手が発表されていないうちから、「どうしよう!?」と胸を弾ませていた。むろん、出場すれば誰よりもコートではしゃぎ、観客を存分に楽しませた。『バレーボール界のグレイテストショーマン』、そんな呼び名がつけられたこともあった。
最後のシーズンとなった、2018-19V2リーグの開幕戦では途中出場ながら、相手スパイクを抜群の反応で拾い上げて、チームのムードを一気に押し上げた。その存在感に仲間たちは「さすが」と言ったものである。
また、その試合前には対戦相手である、つくばユナイテッドSun GAIAの瀧澤陽紀とダンスバトルを繰り広げる一幕も。他チームからも一目置かれ、中川も自身のツイッターでは、富士通以外の選手紹介をするなど、独自の手段で、バレーボールの、そしてリーグの面白さを表現し、発信し続けた。
チームが引退を発表してから黒鷲旗までのあいだは、社業との両立もあり、練習日数は週で2回ほどと、それ自体はこれまでと変わらなかったが、「みんなとバレーボールができるのも、あと数えるくらいか」と寂しさにかられた。と同時に、黒鷲旗という大きな舞台でプレーすることを何よりの楽しみにしていた。
中川はバレーボール選手であると同時に、会社勤めをするサラリーマンだ。だが、「試合を見に来てくれる人にとって、僕たちがプロであることに変わりない」と断言する。
そんな中川の「大ファン」といってやまない一人に、堺ブレイザーズの「なおき」さんがいる。プロのお笑い芸人で、現在は堺の『応援部プロデューサー』という肩書きを持ち、会場を盛り上げている。中川とはV.LEAGUEのオールスターゲームで交流が生まれ、そのサービス精神に尊敬の念を抱いたという。
「最初にリーグで彼を見たときは衝撃的でしたから。彼のすごいところは、一見ふざけているように見えて、実際は要所で客席を見て、ファンと目を合わせて、“魅せる”こと。
それに、キチンと計算されているんです。私も彼のサービス精神に感動して、オールスターゲームで一緒に雰囲気を作り上げることがありましたが、事前に“こう思っている”と伝えてくれたりと、それはもう、芸人どうしがするような掛け合いでした」
黒鷲旗では大会2日目にチームが対戦し、堺がフルセットの末に勝利したものの、中川が観客席を巻き込み、もり立てた雰囲気に「試合の後半、ブレイザーズは押されていましたね」となおきさん。試合後には中川と言葉を交わした。
「素晴らしいパフォーマンスをありがとう、と。リーグにおける、ファンサービスの第一人者。心から、お疲れ様でした」(なおきさん)
バレーボール選手としてのピークを悟ったこと、それが引退の理由だと中川は明かした。
「全力で喜んで、走り回って。それも含めて、僕のプレーだと思っていますし、それがバレーボーラーとしての前提としてあるのですが、おそらく全力でできるのが今年くらいだと。ここからは下がる一方で、チームへの貢献も減っていくだろうなと感じたんです」
黒鷲旗では最後まで、アタッカーとしての役目をまっとうした。ライト方面で何度も助走に入り、トスが上がれば、目いっぱいに跳び上がり、ボールを打ち込んだ。そこには一選手としての、意地と誇りがあった。
「僕のことを知っている人でさえ、実はプレー姿を知らなかったりするので(笑)。意外と、ふざけているだけではないんだぞ、って。いちばんはプレーで100パーセントの力を出したい、そう思っています」
もちろんスパイクが決まれば、これまでと変わらず両手を大きく広げ、コートを走り回っていた。相手のスパイクが拾えなければ、大声をあげて悔しさをあらわにした。最後は早稲田大に敗れる結果に終わり、「プレーに満足しているかといえば、満足はしていない」と話したが、チームメイトたちへの感謝の気持ちで胸がいっぱいになった。
これで現役選手を引退するが、「今後もバレーボールに携わっていきたい」と中川は言う。以前には「応援団長をやるよ!!」と口にしたこともあり、これからもチームに関わりながら、まずは“外から”そして“お客さん目線”でバレーボールを見る。そうして気づいたことをチームに伝えて、「ファンの満足度を高めたい」という思いがすでに、彼の中にはある。
誰よりも騒ぎ倒し、そしてバレーボールが大好きなグレイテストショーマン。その心は、永遠だ。(編集部:坂口功将)