■東レアローズ 白井美沙紀が木村沙織や中道瞳から授かり、トスに込める“お願い”
白井美沙紀(しらい・みさき/身長175センチ/大和南高卒/セッター)
2020-21シーズンでは自身最多の出場機会を獲得
じんわり。
そんな表現がしたくなる。東レアローズのセッター、白井美沙紀のトスのことだ。
ハイセットはもちろん、クイックや両サイドへの平行もトスのスピードは速いはずなのに、そのボールはじんわりと浮遊して見える。
顕著だったのは、今年3月のV Cup。この大会で東レは、黒後愛や石川真佑といった主力選手が日本代表合宿で不在となった代わりにフレッシュな面々が出場し、なかでも内定選手(当時)の西川吉野がリーグデビューを飾っている。不慣れなコートでプレーする西川へと上げる白井のトスは、ていねいで優しかった。
2015年に東レに入団した白井は今季、自身最多となるプレー機会を得た。開幕戦で先発出場を果たすと、シーズンを通して2枚替えのカードとしてコンスタントに出場。「自分が入ることで一気に流れを引き寄せたい」とムードを盛り上げ、その後のV Cupでは第一セッターとしてチームを牽引した。
途中出場もフル出場も経験した今季を振り返り、「今、波に乗っている選手をどのシチュエーションで使うか、反対に、そうではない選手をどのように使って、その選手の調子を引き上げるか。それらを、ゲームを通して考えないといけない点は難しく感じます。一方で、自分のリズムやアタッカーの調子を、肌で感じることができました。これからもコミュニケーションを密にとって、コンビの精度をもっともっと上げていきたいと思います」と白井。さらなる成長を誓ったのであった。
V Cupではチームを牽引した(写真中央)
<次ページ>【木村沙織からの言葉】
積極的にチームメイトへ声をかける姿も多く見られる(写真中央)
自信を生むきっかけとなった、木村沙織からの言葉
白井のセッター経験の始まりは中学生のころ。「バレーボールがうまくなりたい」という一心からテスト入団した貝塚ドリームスで、“遊び半分で”打診されたとき、そのポジションにおもしろさを覚えた。大和南(神奈川)高時代はツーセッター制の中で、長身アタッカー兼セッターとしてプレー。日本代表のアンダーエイジカテゴリーではセッターを務め、やがて周囲からの薦めを受けて、一本化を決断する。
東レに入団後、本格的にセッターに取り組んだが、国内トップのカテゴリーでそう簡単にうまくはいかない。ましてや当時の東レは木村沙織や迫田さおりら女子日本代表の面々がずらりと並んでいた。もちろん、緊張もする。狙い通りにトスを上げられなかったとき、そのつど白井は「すいません」と先輩たちに頭を下げた。
そのときに木村からかけられた言葉が、一つのきっかけになった。
「トスが上がったら、もうアタッカーの責任だから。すいません、じゃなくて、お願い、でいいんだよ」
今、当時の映像を振り返ると白井は「もうほんとうに下手くそなんですよ」と赤面する。ただ、木村からの言葉に救われ、「少しだけ自信を持ってトスを上げることができるようになれました」と明かした。
もともと父の白井大史さん(現・松蔭大〔神奈川〕女子バレーボール部監督)は娘にセッターをやらせたかったそうで、いざ転向した娘へいちばんに伝えたのは“トスをていねいに上げること”。
「父からは常々、『どんなに相手ブロックを振ることができても、打ちやすいトスを上げられなければ、セッターとしてダメだ』と言われてきました。逆に、どれだけ相手ブロックがつこうとも、自分がいちばんいいトスを上げれば、アタッカーが決めてくれる、のだと」(白井)
セッターとしての経験を積み重ね、成長につなげる
<次ページ>【仲間の感じる、白井のトスとは】
信頼を寄せる中道コーチ(写真左端)に背中を押され、コートへ
“圧”のあるトス? チームメイトが語る白井のボール
セッターとして技術を磨いていく中で、根底にあるのは思いやりの心。
自分のトスが悪くて、アタックが決まらないケースだってある。たとえアタッカーに嫌な顔をされても、自分から歩みよることを。それはアンダーエイジカテゴリー日本代表での安保澄監督(当時/現・ヴィクトリーナ姫路ゼネラルマネジャー)からの教えだ。
また、東レに入団した1年目から師事する中道瞳コーチには「自分からアタッカーへコミュニケーションをとるように」と言われている。
謙虚に、とにかくアタッカーの打ちやすいボールを心がける白井のトスを、チームメイトはどう感じているのか? 3月21日、V Cup予選ラウンド最終戦後の記者会見では、白井とミドルブロッカー小川愛里奈のこんなやりとりがあった。
小川「アタッカーへ、持っていくよという“圧”があります」
白井「圧、感じているの?」
小川「いや(笑) それに私も応えたいと思うんです」
白井「(笑) 出しちゃっていたかぁ」
いわゆる“天然系”の小川とあって一見誤解をまねく表現になってしまったが、それこそがプレーヤー目線で感じる白井のトスなのだろう。
溢れ出るほどの“お願い”が詰まったボールが、今日もやさしい弧を描く。
(取材・文/坂口功将〔編集部〕)
2020-21 V.LEGUEファイナルを戦い終え、健闘したチームメイトを温かくねぎらった