岩美高 秋重葉沙が中高一貫校を出た理由と鳥取で胸に留める学びの数々
- コラム
- 2023.01.04
<日本一の頂に立ち、チームメートをねぎらう⑩秋重>
「私のこと、使えますか?」と監督へぶつけた
内部進学への気持ちは揺らいだ。そこからは、さまざまな思いが頭をめぐった。
「家族が、試合に出ている姉の姿を見て喜んでいたんです。なので、自分が高校に上がったときに、果たしてそんな親孝行はできるのかな、と。それに中学校で3年間、佐藤先生に学んだことを高校でも発揮できるのだろうか、どうすれば学びを生かせるんだろう、とかなり考えました」
このとき彼女は、金蘭会高の池条義則監督に面談の機会を設けてもらっている。そこでは面と向かって、質問をぶつけた。
「私のこと、使えますか?」
その問いかけに、池条監督は少しばかり言葉を詰まらせながら、「お姉ちゃんもおるんやし、妹も上がってきてくれて、あなたのいいサーブを発揮してくれたら」と絞り出す。ただ、「試合に出られず、ユニフォームも着られずに終わる可能性は十分にある」ことは明言されずとも、秋重には伝わった。
コートに立ってプレーするのか、それとも、場合によってはコートの外からチームを支えるのか。自分の素直な思いと向き合う。出した答えは―。
<中学3年生時に金メダルを手にした>
コートに立ちたい。岩美高への進学を決意
このときの様子をさかのぼると、池条監督も、また佐藤監督も、秋重が「その場ですかさず(外部に)行きます」と口にしたと記憶している。その決断に、堅い意志を感じたのだと。けれども、当の本人は違う。
「そこからも悩みました。姉にも相談しましたし、金蘭会中から内部進学したけれどなかなか試合に出られていない先輩にも相談に乗っていただきました。
そうして話をしているたびに、だんだん自分のほんとうにやりたいことが見えてきたんです。やっぱり自分は高校ではコートの中でバレーボールがしたいんや、って。目標が明確になりました」
やがて保護者も交えた三者面談で最終的な結論を出した。行く先は、岩美高。中学の先輩たちもいることから、外部に進学するなら、このチームと決めていた。
「高校で活躍するんだ。絶対に高校ではコートに立って、春高に出よう」
中学バレーを引退してからも、その強い思いを持って練習に励んだ。
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