すでに試合のMVPには4度選ばれている。それも、年が明けてからは2戦連続だ。フランス・リーグAのナントでプレーする田代佳奈美の活躍が、ニュースとして続々と飛び込んでくる。自身にとって初めての国、初めてのリーグ、そして、初めてのチーム。仲間とのコミュニケーションを最も必要とされるセッターというポジションで、彼女はどのような心がけでプレーしているのか。
<田代佳奈美(たしろ・かなみ)/1991年3月25日生まれ/身長173㎝/最高到達点289㎝/古川学園高(宮城)→東レアローズ→ブカレスト(ルーマニア)→デンソーエアリービーズ→ナント(フランス)/セッター(Photo:Corentin Pingeon)>
自主練習をやるのも一苦労
「また、やるの!? もう、やめておきなよ」
午前中のフィジカルトレーニングを終えてからボールを手にする田代に、そう声をかけるチームメイトたち。最初は驚かれていたが、今では認められているのか、それとも、あきれられているのか。
「日本人は練習し過ぎだよ」
「でもね、ボールを触っていないから不安なの」
「それは、わかるけれど…」
「ちょっとだけ!! ちょっとだけだから」
そんな会話が、日常茶飯事となっている。
田代が所属するナントは、毎日のチーム練習が2時間と決まっている。むしろ2時間以上は、絶対に行わない。自主練習も原則は“無し”だ。
とはいえ、田代にも自主練習をやりたい理由がある。
「練習の時間が決まっている分、その中で私自身のボールを触る回数がちょっと少なかったな、と感じることもあるんです。
ただ、その日の練習後は施設の利用状況も含めてやらせてもらえないので、翌日に自主練習の時間を設けていいかを監督に打診します。『お願い!!』って伝えて、『なら、30分だけならいいよ』という感じ。
やりすぎ、とは言われますが、ボールの感覚はセッターである私自身のことなので」
練習とは言っても、スタッフにボールを投げてもらい、ターゲットに向けてボールをセットアップするといったもので、「そんなに激しいものではなく」(田代)、ほんとうにボールタッチを確認する程度。それでも了承を得るのに、一苦労する。
こうした日本と海外の違いに、田代は「逆に、おもしろいですよ」と笑うのであった。
<レギュラーシーズンでは第3節(21年10月16日)、第11節(21年11月27日)、第15節(1月8日)、第16節(1月15日)にMVPに選出された(Photo:Corentin Pingeon)>
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<チームメイトとコミュニケーションを取りながら戦う(Photo:Corentin Pingeon)>
相手に理解してもらっても…
海外の生活は、2018/19シーズンをルーマニアで過ごした経験から、苦にはならなかった。だが、バレーボールをするうえの環境はまるで違う。
ルーマニアのときは、所属先のブカレストに井上琴絵(NECレッドロケッツ)ら、計4名の日本人選手が在籍していた。今回は、自分一人だけ。それにフランス自体も、女子日本代表などでの海外遠征を含めて、一度も行ったことがない国だった。
ナントに渡ったのは昨年8月下旬。漠然とイメージしていたとおり、フランスは“我が強い”人柄が多く、きっぱりと主張してくる点を実感した。それはバレーボールをするうえでも同様で、いちばん最初にぶち当たった壁でもあった。
「バレーボール自体は英語の単語が多いので、その点は困らなかったんです。ただ、こちらから相手に伝えて、例えば、自分のやりたいバレーボールを相手が理解してくれても、それを実践してもらうところが難しかったです。外国籍選手はハッキリと『それはできない』と言ってきますから」
田代自身、セッターとしてアタッカー陣に求めるスピードや実現したいスタイルを持っていた。それをチームのシリル・オング監督に持ち掛けると、「メンバーたちは日本人選手ではないから、スピードのあるバレーボールは難しいと思う」と言われた。
けれども、自主練習の件も含めて、すべてを突っぱねる監督ではなかった。お互いに「うまく融合させていけたらいいよね」と認識を共有し、今季のチームづくりは始まった。
<アメリカ、スウェーデン、フィンランドなどの選手がそろう“多国籍”なチームで攻撃を組み立てる(Photo:Corentin Pingeon)>
>>><次ページ>新天地でも認識したチームづくりに必要なこと
<観客の声援にアクションで応える(Photo:Corentin Pingeon)>
チーム力を向上させる相乗効果
シリル監督とはシーズンが始まってからも、マンツーマンで試合映像を振り返るミーティングの時間を設けている。そうして、今では「ネットからアタックラインまでの間の返球に関しては、自分の思い描く、スピードあるバレーボールを展開してもらって大丈夫。アタックラインより後ろに返ったボールは、しっかりとアタッカーが打ちきれるハイセットを供給する」(田代)という約束事ができた。
紆余曲折を経て、田代はチーム力がアップする過程を実感している。「今回のチームに限ったことではないですが」と前置きし、このように語った。
「自分の思っていることや、やりたいバレーボールをしっかり伝えることで、最初はうまくできなくても、段々とみんなが理解してくれるようになったり、逆に、できなくてもトライしようとしてくれる姿を見て、自分も相手に寄り添わなきゃ、と思えたりします。
それに、自分の考えだけを押しつけるだけではダメだな、とも。お互いにとっていいところを出せるような、相乗効果が生まれてこそ、チーム力も上がるのだと、とても感じます」
2022年に入ってから田代は、第15節(1月8日)、第16節(1月15日)の2戦連続でMVPを受賞した。ただ、自身の中で手応えはまるでなく、「どうして選ばれたのかわからないんです」が本音だ。反対に、田代の目にアタッカー陣は絶好調に映り、「アタッカーが決めてくれるから、セッターも目立つことができるんです」と感謝した。
現在、ナントはレギュラーシーズンで連敗も1度だけということもあり、リーグの上位につけている。
「やるからには優勝したいですし、シーズン前に監督へも『自分が入ったからにはチームを勝たせたい』と伝えましたから」と田代。
この地でチームを勝利に導くために、文化や考え方の違いを受け入れながら、自分に必要なことを模索し続ける。たとえ周囲にストップをかけられても、一人で汗を流すのは、そのためだ。
(文/坂口功将〔編集部〕)
<司令塔としてチームを勝利に導く(Photo:Corentin Pingeon)>
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