2022年男子世界選手権は現地9月11日にカトヴィツェ(ポーランド)で閉幕し、大会3連覇を目指したポーランドは決勝でイタリアに敗れた。そのチームでキャプテンマークをつけたのが、バルトシュ・クレク。Vリーグのウルフドッグス名古屋でキャプテンを務めた昨季も、リーグ優勝を逃す結果に終わっていた。だが、その場面でこそ、彼の人間性が現れていた
<22年世界選手権で銀メダルを首にかけるクレク(中央⑥/Bartosz Kurek/身長205㎝/1988年8月29日生まれ/オポジット/写真:FIVB)>
自国開催の世界選手権で準優勝
スタンドはポーランド国旗の紅白で彩られ、満員の客席からは「POLSKA(ポルスカ)」コールがやむことはない。男子ポーランド代表にとって、自国開催の世界選手権は史上3ヵ国目の偉業となる3連覇を懸けた大きなチャレンジであると同時に、その熱狂を生み出すファンそして国民への期待に応える舞台でもあった。
結果はあと一歩及ばず、準優勝。歓喜するイタリアとネットを挟み、ポーランドの選手たちは悔しさをかみしめていた。だが、表彰式ではチーム全体に明るいムードが。キャプテンとして銀色のシャーレ(盾)を受け取ったバルトシュ・クレクは、「どうだ」と言わんばかりに、整列するチームメートたちに見せびらかせながら、表彰台の前を小走りする。
もちろんクレクだって、悔しくて、悲しいはず。けれども、彼は誇らしかったのだ。大会を戦い抜いた、このチームが。
<手にしたシャーレをチームメイトに披露した(写真:FIVB)>
2021-22 Vリーグの決勝で敗北。そのとき、クレクは
あのときもそうだった。今年4月17日、2021-22 Vリーグのファイナル第2戦。クレクが所属するWD名古屋は第1戦(4月10日)でストレート勝ちを収めながら、この試合では逆に1セットも奪えず。ゴールデンセットに突入し、結果として優勝を逃している。
WD名古屋の選手たちは悔しさに打ちひしがれ、コートに座り込み、涙していた。その中で、クレクは一人一人に声をかけていた。その振る舞いについて、本人はこう語る。
「敗北を受け入れることは難しいものです。闘志の炎が消えたような感覚ですね。ですが、そのときに進むべき道は2つあります。
一つは悲しみに暮れ、『ああすればよかった』と過去を悔やみ、自分に謝罪することです。けれども、私はこのアプローチを好みません。
もう一つは、気持ちを切り替えて、次に向けて進むことです。チームがシーズンを通して成し遂げてきたことは素晴らしく、そのことをチームメートに伝えたいと思っていました。キャプテンの責任にはチームをモチベートすることがありますが、その中でも成し遂げたこと、ほめるべきことに対してメッセージを送ることもその一つであるわけです。
あのときは、みんな感情的になっていましたね。ですが、リーグ戦を終えたときに、私は決して泣くことはないと感じていました。確かに望んだ結果ではありませんでしたが、それでも懸命に前進し続けて、ほんとうに素晴らしいシーズンを送れたのですから!!」
このときクレクは、涙する永露元稀を抱きしめていた。クレクが明かすに、ほんの短いメッセージを伝えたという。それは、こんな言葉だ。
「大丈夫。今日は涙するだろうけど、自分たちに誇りを持とう。そして、顔を高く上げて、“これから”を見つめるんだ。いつか今日の結果を振り返ったときに、あれがいいシーズンだったね、と言えるようになろうよ」
<優勝を逃し、悔しさをにじませる永露を抱きしめ、健闘をたたえる>
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<自らがやるべきことを胸にコートに立つ>
キャプテンに就いた経験は多くない
WD名古屋の選手、スタッフに聞くと、誰もがクレクの人柄の素晴らしさを口にする。コート内外を問わず、その立ち居振る舞いに感動すら覚えるというのだ。
2020-21シーズンから来日し、WD名古屋で2年目を迎えた昨季にはキャプテンマークをつけるようになったのもうなずける。ただ不思議なのは、クレク自身、そのキャリアにおいてキャプテンの経験がほとんどない、という点だ。代表でも、おなじみの背番号6の下に今季からラインが入ったが、それよりさかのぼると、主要国際大会では2019年のワールドカップだけ。それも大会序盤の数試合のみで、フィタル・ヘイネン監督(当時)も「彼(クレク)がキャプテンマークをつける、歴史的な瞬間ですよ」と話していた。
では、クレクが口にした、チームをモチベートすることとは。“キャプテンとして”やるべきこととは言ったものの、それは一人の選手としてなすべきことの一つに過ぎず、そこに役職は関係ない。
「キャプテンになればユニフォームの背番号に線が入るわけですが、ヨーロッパではそれがなくてもリーダーシップを発揮する選手がいます。私自身、コート上ではいつも自然でいることを心がけています。常にチームや自分にとってベストであろう、と。自分以外の何かを表現するのではなく、私自身が自然体でいること、それがリーダーシップにつながっているのではないかと思っています」
<WD名古屋の小川智大(右)も「みんなが彼の言葉に耳を傾け、彼がやるなら自分もやらなければ、と思わせてくれる」とクレクの存在を語る>
負けてなお、次に向かうことが喜び
2021-22 Vリーグを戦い終えたクレクの表情はどこか誇らしげに、そして、そのまなざしは温かく見えた。彼いわく、WD名古屋の好きなところは「人」。チームメートやスタッフ、自身を取り巻くつながりが愛しいのだという。
「2シーズン目を終えて間違いなく、よりいっそう好きになりました。なぜなら、ここで過ごす時間が増えた分だけ、私たちに携わる多くの方々のことを知ることができましたから。選手やスタッフだけではない、このチームのためにサポートしてくれる方々の献身に、私はほんとうに驚くばかりなのです」
ネーションズリーグ、世界選手権と続いた代表シーズンが終わり、じきにVリーグでの、WD名古屋での戦いが始まる。クレクにとって、いちばんに望んだものを手にすることができなかった点では、1年前とシチュエーションは似ている。それでも、こう語っていたものだ。
「すべての大会において、金メダルを取ることは最も困難なものに違いはありません。もちろん負けることだってあるわけですから。
(21-22シーズンの)Vリーグもそうでしたが、東京2020オリンピックの結果(準々決勝敗退)も、私にとって難しい時間を過ごすものになりました。ですが、その苦しさを乗り越え、また新しい大会でのゴールを設定する。そこに向かって戦いを続けていく、その喜びがあります」
2022-23シーズンのVリーグは10月22日に開幕する。そこでもまた、クレクは仲間を思いながら、リーダーシップを発揮するだろう。それはいつだって彼の自然体、あるがままの姿だ。
<喜びを全力で表現し、周りを奮い立たせる>
(取材・文/坂口功将〔編集部〕)
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