中学生世代の育成強化事業として毎年設けられている全国中学選抜の第一次合宿が10月中旬にオガール(岩手)で行われた。全国各地から集まった男女計60名は、それぞれの思いを胸に合宿に臨んだ。その中で、覚悟と決意を持って臨んだ一人が、女子の甲斐千尋(福岡女学院中〔福岡〕3年)である
大浴場前のシューズをそろえた、その理由
10月14日、全国中学選抜の第一次合宿は2日目のメニューを終えて、あとは就寝時間を前に入浴の時間が設けられているだけだった。大浴場の入り口には、男女それぞれのシューズがまばらに並ぶ。すると、女子浴場から出てきた甲斐は一人、シューズを整え始めた。
そうそうできるものではないだろう。男女問わず、まだ出会ったばかりで、中には接したこともない参加者の分まで、きっちりとそろえたのだから。
「ぐしゃっとなっているのが苦手、という性格もあるかもしれません。でも、そういうところがそろっていないと、チーム全体もきちんとできないと思うんです。
男子だから女子だから、話したことがあるない、とかではなく、やるべきことはやっていかないと、と思うので。そこはメリハリをつけて。乱れていたら自分が直す、そうやって自分から動く意識を行動につなげたかった。それは、この合宿で自分を変えたかったからです」
強いまなざしで、その行動に至った思いを明かしてくれた甲斐。彼女には、変わりたい理由があったのだ。
全国大会で味わった悔しさがきっかけに
さかのぼること2ヵ月前。甲斐の所属する福岡女学院中は第52回全日本中学校選手権大会に出場し、最終日に駒を進めた。その準決勝で大阪国際中(大阪)に0-2(20-25,22-25)で敗れて、ベスト4の結果に。チームとしては第48回大会(2018年)に並ぶ好成績だったが、コートに立っていた甲斐の胸の内は違った。
「先輩たちと同じ場所までたどりつけたんだという安心感が、みんな口に出さなくても、チームの中で広がってしまったと感じています。
相手のマッチポイントになっても、まだ自分たちはいける、と思い込んでいました。実際は厳しい展開になるまでに、『1点を取れたら2点取る』くらいの気持ちでいないといけなかったのに、そこで相手に負けていた。自分たちの力、自分たちらしさをまったく出せずに終わってしまいました」
「意外と試合中は、相手に点を取られても何とも思わない、ドライな自分がいたんです。この試合で負けたら引退、というのは1年前の先輩たちの姿を見ていたのに。試合が終わった直後も、終わったんだ…、という実感が持てなくて」
けれども、まもなくして引退を実感すると、甲斐はとてつもない悔しさに襲われた。
もう一回やり直したい、でも、それはかなうはずもない。甲斐が自分自身と向き合った瞬間だった。
「結果的に全国3位で終わって、このままではそれより上にいくことができない、とめちゃくちゃ思ったんです。高校に進学するけれど、そこでの自分は今までと全然違う自分になりたい、って。そうすればプレースタイルもバレーボールに対する気持ちも変わってくると思いました」
やがて全国中学選抜第一次合宿に招集された。自分を変えたい。そう覚悟して、岩手県へ向かった。
練習時の号令係に迷わず手を挙げた
合宿が始まると、参加者の中から代表して、練習の開始と終了時に号令をかける役を決める場が設けられた。誰にするか、スタッフから立候補を促される。すかさず挙がった手の主は、甲斐だった。
「やりたい気持ちがあっても私は毎回周りを見てしまうから。でも、周りを見ていて、ほかの子に役が回って自分が悔しい思いをするくらいなら、『私がやってやろう!!』と。その姿勢はプレーに生きてくると思うし、自分から発言すれば気づけることもあると思ったので、もう迷いなく手を挙げました」
自身が明かすに、中学でもリーダーシップを取ろうとしていた。だが、チームではキャプテン、副キャプテンに就くことはなく、「やりたい気持ちがあったけれど、なれなくて悔しい思いをした」のが本音だ。それをここで晴らそうとしたわけでは決してない。選考の場とはいえ、参加者たちは一つのグループだ。「みんなで頑張ろう、という気持ちを出すために、自分ができることをやろう」という強い決意がそこにはあった。
自分がここにきた意味は? そう自分に問いかけ続けた。その答えを行動に移した。
それが、自分から動くこと、だった。
「学ぶことがたくさんあった」選抜合宿
練習の始まりと終わりに、甲斐の声が響き渡る。「自分自身、気持ちの面ですごく変わります」とほほえむ。
全国から選りすぐりのメンバーが集まった場所は刺激に満ちあふれていた。
「周りがハイレベルな選手たちばかりで、生活面からプレーまで『この子すごいな』と思うことがたくさん。これまで知らなかったクラブチームの選手との出会いもありましたし、金蘭会中(大阪)だったり学校ではライバルだった選手も怖い印象だったけれど(笑) めっちゃ話しやすいな、とか。
それに今までは日本一が目標でしたが、この合宿は世界を見据えて『日本のバレーボールを背負っていく』ためのステップの場。そう思うと、自分は攻撃面の課題や守備でも拾えないボールがあることを痛感しましたし、逆に、それができる選手もいることで『この選手のここを生かしたら自分にもできるかな』と試行錯誤できました。
学べたことがたくさんあるので、自分にとってこれからのバレーボール人生ですごくいい経験になっていると思います」
自分を変えたかった。そして、変わろうとした。この先、彼女がどんな姿へ成長していくかは、まだ誰にもわからない。それでも言えることは、新しい扉をその手で開いた、ということである。
(文・写真/坂口功将〔編集部〕)
全国中学選抜第一次合宿の模様や参加選手の声は『月刊バレーボール』2022年12月号「中学生の話題」に掲
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