元監督のバレーボール便り from ハワイ 最終回(前編)
- 海外
- 2023.02.02
UH(ハワイ大)とボール州立大のNCAA男子Division1開幕戦
練習量が多いとは言えないアメリカの育成環境
元慶應義塾大学体育会バレーボール部監督の宗雲健司です。3回目のレポートとなります。今回のテーマは「少ない練習量」とそれを補う「大型選手の育成」です。前編・後編に分けてお届けします。
2022年9月より、アメリカ合衆国ハワイ州にて高校やクラブチーム、大学の練習に参加し、試合を視察してきました。過去2回のレポートでは主にバレーボールの文化について紹介しましたが、今回はやや指導者目線での話題です。
スポーツにおけるコーチングや育成方法はその国の歴史、成り立ち、スポーツ政策、文化、習慣などさまざまな要因が影響し、一概にすべての国に適した指導方法はありませんが、広く知ることによって個人や組織が現状から前へ進むことのきっかけになるのではないかと考えます。
私が6ヵ月の研修でいちばん疑問に感じたことは、日本と比べて「練習量」が少ないことです。しかし結果としてシニアレベルでは多くの「大型選手」が活躍し、アメリカは男女ともに世界トップレベルを維持しています。この強化、育成の仕組みについて考えていきたいと思います。なお、ここで述べる「練習量」とは1回の練習時間、週単位の練習頻度、年単位の活動期間などを含めたものを単純に「量」としています。
近年、日本の中学や高校でも、少ない練習量ながら全国大会で優秀な成績を残しているニュースを目にします。中には学校の方針で少ない練習時間しか確保できない部活や、指導者の方針で減らしたチームもありますが、それでも前者、後者とも優秀な成績を残しています。公立中学の部活動において地域移行が求められているなか、指導者の一人として興味を持たずにはいられません。
(参考:静岡聖光学院中高ラグビー部や近畿大付高バスケットボール部など)
ここで今一度、アメリカの学生スポーツにおけるシーズン制などについて簡単に紹介します。
<高校>
…リーグ戦を経て、州選手権が最高位
・部活動は年間3ヵ月(女子8月~10月、男子2月~4月)
・週当たり練習は6回、1回の練習時間は2時間~2時間30分
小規模な公立高校では少ないが、私立の強豪校などでは、高校の部活動でもレベルにより3~4チームにカテゴリー分けしたうえで、それぞれのチームに指導者が付き、別々で公式戦にも出場している。
<クラブチーム>
…クラブトーナメントを経て、全米クラブ選手権が最高位。ただし、レベル別のカテゴリーもあり
・高校部活動期間以外に所属する(高校部活動期にクラブチームでの活動は禁止)
・週当たり練習は3回、1回の練習時間は1時間30分~2時間
未就学児の体験クラスから、準選手クラス、選手クラスが男女それぞれにあるほか、会員によってはレベル分けされたチームが存在する(クラブチームの規模による)。
<大学>
…リーグ戦を経て、全米大学選手権が最高位
・部活動は年間7ヵ月程度(女子7月~12月、男子10月~4月)
・シーズン中の活動時間は週当たり計20時間以内(ミーティング含む)
選手は毎年、学内セレクションを経て入部を許可されるが、海外からも多くの選手が入学、入部している。
クラブチームによるトーナメント戦の様子
特に高校生の年代にフォーカスすると、部活動においては試合へ向けての練習期間が1ヵ月。試合シーズンが2ヵ月で、計3ヵ月しか活動することができません。よって、1年のうち9ヵ月間はクラブチームで活動しています。
クラブチームでは週に3回、1回2時間程度で、ライバル校の生徒も同じチームメンバーとして活動します。クラブによっては高校の監督やコーチがチームのコーチを兼ねることもあるようですが、当然ライバル校の選手も分け隔てなく指導します。
この点については、バレーボール界全体としてとらえると、指導者、選手ともにとても有意義だと思いますし、先進的です。
少し横道にそれますが、他校の指導者、特にライバル校の指導者に指導してもらうのはハードルが高い反面、私が大学生の時には他大学の指導者に大変興味を持っていました。実際、選抜合宿において当時、順天堂大の川合武司先生にかけられた「ひと言」が自分のプレーにフィットしたのを今でもはっきり覚えています。各々の指導者は指導の自信や信念も異なるでしょうが、他の指導者に選手を預けることは非常に有意義だと思います。その観点では、各チームの選手をミックスした合同練習会は選手も新鮮で学習意欲が湧きますし、他校の選手を前に、指導者もいい緊張感を持ちながら指導できるのではないでしょうか。
そのような取り組みが個人や連盟、協会レベルでも増えることを期待しています。ちなみに、アメリカでは自分の高校のメンバーを1つのクラブチームで抱え込むことは禁止されています。もっとも、どこであってもグレーゾーンは存在するようですが…。
本題に戻りますと、高校の指導者もクラブチームの指導者も、短期間での活動で結果を残す必要がありますので、「バレーボール」という競技に絞った技術練習や、チームビルディングに特化した指導をしているようです。よって、選手個人の人格や考え方などには一切タッチしません。時折、日本のスポーツにおける指導では、人格にまで入り込んだものもニュースで見受けられますが、少なくともアメリカでは見ておりません。パワハラやセクハラなどが「まったくない」とは言いきれませんが、少なくとも高校や大学には部活動のすべてを統括するアスレチックス・デパートメントがあり、管理を行っています。クラブチームの場合は、問題が起きれば会員数が減少し、クラブ運営も致命的となりかねません。これ以外に文化の違いもありますが、主には練習量が少ないため、技術習得を最優先として指導していると考えられます。
また、意外にも練習で選手を褒めることは少なく、逆にミスをした選手を叱責するということもありません。別のとらえ方をすると「主体性」のない選手は、資質があっても簡単にふるい落とされていきます。余談ですが、高額な学費や寮費で有名なアメリカの大学へ進学する際に、高待遇のスカラシップ(奨学金)給付の有無を考えると、選手たちは大変シビアな競争を高校生の頃から経験しています。このような技術指導に特化することや、カテゴリー分けしたチームで実践経験の場を提供することによって(ボール拾いや雑用係をさせるのではなく)、少ない練習量を補っているのでしょう。
(後編に続きます)
【関連記事】
チリで州代表選手として全国大会優勝 こんバレ第11回【チリ編】