試合会場に「声」で一体感を作り出すアリーナMC
3月も2週目に入り、Vリーグの各DIVISIONはV・レギュラーラウンドの大詰めを迎えている。この時期に体育館へ観戦に訪れたならば、ホーム、アウェー、どちらのチームのファンであっても(またはそのどちらでもなくても)、よりいっそう応援に力が入るはずだ。そんな熱気増す会場に、「声」で一体感をもたらす仕事人がいる。
高橋萌さんは「ウルフドッグス名古屋 アリーナMC」として、WD名古屋のホームゲーム専属MCを務めている。一口に〝MC″といっても、その内容は多岐に渡る。会場内での注意事項のアナウンスやイベントの進行、ハイライト映像の解説、試合中の応援の先導、選手交代・タイムアウトのアナウンス、試合後の選手インタビューなどが主な仕事だ。「ホームゲームのときは1日中しゃべっています!」と明るく笑う。耳になじむよく通る声で、時に会場に落ち着きを与え、時にさらなる熱狂へと誘導する。
ホームとアウェー
どちらのファンも楽しめることが大切
会場に来てくれたすべての観客に、観戦を楽しんでほしいという高橋さん。「会場には大人も子どももいますし、初めてバレーボールを観戦するという方もいると思います。何度も観戦している人もたくさんいらっしゃいます。どんな方にも楽しんでもらえるアナウンスを心がけています」。初めてバレーボールを見る人や、子どもたちに向けて、解説では易しい言葉選びを心がける。でも、それだけでは「玄人の方は物足りないと感じるかもしれないので」、専門用語も織り交ぜる。
何より、会場のMCとしてもっとも心を砕いているのは、「ホームチームのファンも、アウェーのファンも、観戦を心から楽しめること」だ。「私はWD名古屋のアリーナMCですが、バレーボールそのものが好きです。その意味で、ファンの皆さまと心は同じです」。会場にいる誰一人として少しも嫌な思いをすることのないよう、マイクに向かう。「来場した皆さまに、『バレーボール、楽しいな』と感じてほしいんです」。
独自の工夫で課題を克服
実は高橋さんは、愛知県名古屋市大須の「ご当地アイドル」だった。高校3年生でアイドルグループとしてデビュー。歌って踊るのはもちろんのこと、「もともとしゃべることが大好き」だった高橋さんは、グループ内で年長者だったこともあり、出演するラジオやテレビ番組で司会のような役回りが多かった。「25歳でグループを卒業して、ソロ活動を始めてすぐのころ、アリーナMCのオファーがありました。しゃべる仕事は大好きですし、アイドル時代からずっと『スポーツが好き! スポーツに関わる仕事がしたい』と言い続けてきたので、この仕事の話はとってもうれしかったです」。ただ喜びと同時に、着任当初は困難の連続だった。
学生時代はバスケットボール部。バレーボールは「観戦したことはあったが、細かいルールまではわからなかった」ため、ルールブックを買って勉強した。会場内でのアナウンスも、何度も練習し本番に臨んだ。「でも、最初(仕事の出来は)ボロボロでした。選手交代がぜんぜん言えなくて」。流れの速いバレーボールの試合で、ホームとアウェー、どちらのコートも瞬時に把握するのは難儀だった。「それで、選手全員の名前を付せんに書いて、(コートとベンチに見立てた)ボードに貼るようにしたんです。協会の方が助言してくれたやり方で。選手交代のときに付せんを動かして、手元で選手の位置を確認できるようにしました」。すると、スムーズにアナウンスできるようになった。
「最初はできなかったけど、次の出番では、選手交代を言えるようにしてきてくれました。何でもやってみようという姿勢でいてくれるし、努力の人ですよ」と、運営スタッフの一人は高橋さんの仕事ぶりに太鼓判を押す。「スタッフの方々がいろいろ教えてくださるおかげです」と頭を下げる高橋さん。着任3シーズン目の今では、多くのスタッフと情報を共有することで、日々仕事のやり方に磨きをかけている。
MCとともに心踊る試合観戦を
開場から試合終了までマイクに向かい続け、仕事が終わるのは夕方ごろ。「ふぅ」と一息ついた高橋さんは、足早にエントランスに向かう。
「ご来場ありがとうございました! またお越しください、お待ちしています」。小柄な体をきゅっと折りたたみ、帰路につく観客たちに笑顔でおじぎをする。「会場に来てくださって、応援してくれてうれしい、また一緒に楽しみましょう! という気持ち」を、観客一人一人に返していく。「着任当初は気持ちに余裕がなくて、やりたくてもできなかったんですけど、やっとできるようになりました」。今は、こうして観客を見送る、この時間が好きだ。
高橋さんは拳を握って呼びかける。「ホームチームのファンの皆さまも、アウェーのファンの皆さまも、ともに一丸となって応援しましょう! ご来場を心よりお待ちしています」。V・レギュラーラウンドの最終盤、ぜひ、各会場のMCとともに、大熱狂の試合観戦にしてほしい。
(取材/淺井恭子)
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