2022-23シーズンで創部50周年を迎えたデンソーエアリービーズ。記念すべき節目の年に、初のVリーグ制覇を成し遂げるべく、「BEE CHAMPION」とスローガンを掲げて戦い抜いた。「BEE」はチーム名の「エアリービーズ(快活なミツバチたち)」の「ビー」と「Be(~になる)」をかけており、「ミツバチである私たちがチャンピオンになる」という思いが込められている。しかし、リーグの結果は6位と、掲げた目標には及ばなかった。
「トップカテゴリーに所属しているわけですから、最短最速で、毎シーズントップを目指すのは当たり前のこと。目標に届かず非常に悔しい思いです」。2013-14シーズン以来、8シーズンぶりにデンソーの指揮をとった辻健志監督は語気を強めた。「しかし」と監督は続ける。「『もう一つのBEE CHAMPION』実現に向けて、今季、基盤が作れたと思います」。
スローガンの「BEE CHAMPION」には、「Vリーグ優勝を目指す」というだけでなく、もう一つの意味が込められている。
チーム作りは順調だった…、しかし
2022年6月。辻監督が就任し、キックオフを迎えた新生デンソー。当初から、監督が特に意識してチームに投げかけてきたことが2つある。「キャリアや年齢、立場に関係なく、密に意見を言い合える環境をつくること」、そして「オフェンスのバリエーションを増やすこと」だ。これらに主眼を置き、夏場のトレーニングに励んだ。シーズン前、森谷史佳主将はチームの状態をこう語っている。
「選手はみんな伸び伸びとバレーボールに打ち込めています。それぞれが意見を持っていい状態で練習できており、細かくコミュニケーションをとることも全体で意識できています。特にオフェンス面に力を入れて取り組んできましたので、もともとの強みである固いディフェンスに、多彩な攻撃を加えてリーグに臨みます」。
確実にサーブレシーブを返し、バックアタックを含むさまざまな攻撃を選べる状態にして戦いたい。選手たちの能力は十分、コミュニケーションも円滑で、練習も着実に積めている。チーム形成は順調だった。
しかし「フタを開けてみると」ということがある。いざシーズンインすると、デンソーは開幕から3連敗を喫すことになる。
動揺した開幕3連敗 立て直しのきっかけはコミュニケーション
2022年11月6日、日立Astemoリヴァーレ戦。開幕から4戦目となるこの日、デンソーはフルセットの末に今季初白星を挙げた。コート上の6人も、ベンチに控える選手やスタッフにも、目には一様に光るものがあった。それが、開幕からの3戦がいかに苦しかったかを物語っていた。
「こんなに連敗してスタートすることなんてなかったので…、連敗中は混乱しました。勝った瞬間はホッとする気持ちが強かった」と森谷主将は初勝利を振り返る。デンソーが開幕から3連敗以上を喫したのは、2014-15シーズン以来。今の選手たちは体験したことのない事態だった。連敗、という事実に直面すると、それまで自分たちが自信を持っていたものが揺らいだ。
「自分自身にも迷いがあったと思います」と、辻監督も序盤戦について語る。「敗戦が続き、『負けを取り返そう』と対策することの方が多くなってしまいました。『自分たちの取り組んできたことを発揮しよう』というよりも、『何を変えれば勝てるか』という視点が強くなった。それでも『自分たちのやりたいことをやるんだ』と、徹底した方がよかったのか…、正直、自分の判断については、今も答えの出せない気持ちがあります」。当時を想起して、苦虫をかみ潰したような顔になる。
森谷も言う。「負けていると声のかけ合いが不足しがちで、悪循環を生んでしまった」。密なコミュニケーションにも意識して取り組んできたはずだったが、開幕からの結果が彼女たちから声を奪った。これが細かなコンビのミスにつながり、練習してきた多彩なオフェンスを十分に発揮できなくなった。「4戦目の前に、綿密に意見を出し合う時間をもちました。本音で話し合えたことがいいきっかけとなり、初勝利につながったと思います」。森谷は、「どんな状況でもコミュニケーションを絶やさないことがいかに重要か」を痛感したという。
「誰が出場しても勝てるチーム」へ 選手の力を感じた後半戦
「多様なスロットから攻撃を仕掛け、(ブロッカーとの)1対1の場面を作って勝負するというのが、本来やりたいことでした」。しかし実際は、3本目をネリマン・オズソイに頼ることが多くなってしまったと辻監督は振り返る。
シーズン序盤は、思い描く形がなかなか披露できなかったが、シーズン後半になると変化が表れる。「3レグごろから、ネリマン選手に頼りすぎず、中元(南)選手や兵頭(由希)選手が最多得点を取る試合もできてきて、バランスがよくなり、噛み合ってきました」。シーズンインからそういう形にしなければならなかった、と辻監督。選手層については「課題でもある」としながらも、チームの強みを感じた試合として、3月12日の東レアローズ戦を挙げた。
「ネリマン選手が体調不良で欠場した試合だったのですが、代わって出場したルーキーの吉田美海選手が活躍してくれました。結果的にフルセットの末、落としましたが、誰が出ても戦えるという、チームの力を確認できた試合でもありました」。吉田がその試合で挙げた14得点は、中元と並んでチーム最多得点だった。今後は、誰が出場しても勝ち切れる状態にしなければならない。課題でもあるが、それが実現できる選手たちの力を感じた試合だった。
辻監督は目を細める。「特に若い選手たちは、経験を積んで、リーグならではの試合勘や勝負勘を得てくれたと思いますし、それは今後のチームにとって大きな収穫」。加えて、「自分の采配によっては勝ちを拾えた試合もあった」とし、「経験ということでは、自分も監督として学んだことは非常に大きい」と結んだ。
「もう一つのBEE CAMPION」に向けて
辻監督が就任当初から一貫して表明し続けている信念がある。「Vリーグで戦う以上、結果を追求することは当然のこと。しかし、『勝つためになりふり構わない』というのは違います。ふだんの生活からどんな言葉を発するか、どう行動するか、という人間性が大切です。地域の中で活動しているわけですから、地域から愛され、応援され、憧れられる素晴らしいチームを目指します。自分たち自身も胸を張って誇れる、『日本一のチーム』になること。それが、『BEE CHAMPION』のもう一つの意味です」。
「もう一つのBEE CHAMPION」達成に向けて、チームはこつこつと土台作りに取り組んできた。なかでも屋台骨を支えてきたのが、今年の黒鷲旗全日本男女選抜大会(以下、黒鷲旗)をもって引退を表明している森谷だ。辻監督は大きな信頼を寄せており、リーグ戦では途中出場を任せることが多かった。「苦しい展開を打開したいときに投入していたので、きつかったと思う。ほんとうによくやってくれました」。最年長でキャプテンの森谷は、練習では誰よりも早く体育館に入り、率先してネットを張る。選手間の声かけにもとても気を遣ってくれる、と、辻監督は森谷を「チームの鑑(かがみ)」と称する。
森谷は、「リーグは終わりましたが、やはり黒鷲旗が終わるまでは今シーズン、という感覚ですから。『黒鷲旗でBEE CHAMPIONを達成しよう』と辻監督がリーグ終了後に言ってくれましたし、今はチーム全員で、その思いで団結しています」と、意気込みを語る。「リーグを戦って、コミュニケーションの重要性を改めて感じました。いつ、どんな時でも声を絶やしてはいけない。それには、ふだんからの信頼関係に磨きをかける必要があると思います。そういう働きかけは、やはり上の世代である自分が、積極的にやらないと」。自分が残していけるものは、すべて置いていきたいんです、とさわやかに笑う。森谷が先頭に立って作り上げてきた骨組みに、膜を張り、肉付けし、強じんな羽を作り上げたい。
黒鷲旗での「BEE CHAMPION」に向けて、そして「もう一つのBEE CHAMPION」を目指して。エアリービーズたちは力強く羽ばたく。
取材/淺井恭子
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