バレーボールの関東大学1部リーグ男子の春季リーグ戦で優勝を飾った早稲田大。キャプテンの水町泰杜は今年5月、第71回黒鷲旗全日本男女選抜大会(以下、黒鷲旗)でずっと憧れを抱いていたミハウ・クビアク(ポーランド)と対戦した。パナソニックパンサーズでプレーしたクビアクは2022/23シーズンかぎりでの退団が決まっており、ひとまずはこれが最後の直接対決でも。そこで繰り広げられた2人だけの駆け引きを、水町が試合後に明かした。
今年の黒鷲旗大会2日目で実現
5月2日、黒鷲旗は予選グループ戦2日目を迎えていた。大学枠で出場した早稲田大は大会4日目、つまり決勝トーナメント進出を目指して戦っていた。
この日の相手はVリーグのパナソニックパンサーズ。格上の相手をどうやって倒すか。キャプテンの水町は“格上を倒すために自分たちがやるべきこと”を確認しつつ、同時に胸の高鳴りを感じていた。
「ちょっと意識はしていましたね。絶対にインナースパイクで点をとってやろう、という気持ちはありました」
気持ちが高ぶっていたのは、ネットの向こうに憧れの存在がいたからだ。ミハウ・クビアク。ポーランド代表として長らく活躍し、今なお世界で指折りのプレーヤーだ。
水町にとっては高校生の頃から恋焦がれた相手だった。
「見ていてワクワクする。そんな選手になりたい」と水町
それは、一目ぼれに近かった。水町は高校時代、画面越しに見たVリーグの試合で一人の外国籍選手に目を奪われた。
「全然知らなかったんですよ、高校に入ってからも。当時のVリーグでいえば、イゴール(・オムルチェン/クロアチア)の印象が強かった。
ある試合でイゴールがいた豊田合成(当時)とパナソニックの試合を見たときに、背の低い外国人選手のプレーがめちゃくちゃうまくて!! もうその一瞬で、全部持っていかれました。それがクビアクだったんです。そこから、どハマりしました」
なぜ、惹かれたのか。
水町自身、バレーボールは始めたときから、楽しくてしかたがないものだった。抜群の身体能力を生かしてチームではエースを務める中、バリエーション豊富なプレーを繰り出す一瞬に楽しみを見出していた。中学生の頃は助走時からフェイントをかけて一人時間差に入っていたし、高校生になってからはライト方面へのブロード攻撃に近いアタックを放つ場面もあった。どんな形でも1点は1点だ。その取り方について常に、イメージを膨らましていた。
「そういうのを考えて、実際にやるのはめちゃくちゃ楽しいですね。
絶対に強打がくる、という勝負の場面でフェイントを出せる強さを備えていたり。そういう選手がいると、見ていておもしろいし、ワクワクするものがある。そういった選手になりたいんです」
そう語っていた、高校時代の水町。その“ワクワク”させる存在の代表格が、クビアクだったのだ。
【次ページ】クビアクをまねてフェイクセットにトライしたことも
クビアクをまねてフェイクセットにトライしたことも
クビアクといえば、トリッキーなプレーで見るものを魅了してきた。巧みなブロックアウトやフェイントで得点を重ねる姿に競技者はうなり、バックアタックと見せかけてフェイクセットを繰り出す姿にファンは歓声をあげる。
その姿を見た水町も実は高校時代、フェイクセットにトライしている。3年生時の夏、練習試合でのことだ。
「やってみました。セッターが1本目を触ったので、自分がバックアタックからフェイク入れてライト側にトスを。うまく上げることはできたんですけど、ちょっとトスが伸びてしまってアタッカーが打てなかった。先生から怒られましたね(笑)」
当時、鎮西高の畑野久雄監督は「水町がクビアクのまねをして、チョンボする」と嘆き節も。そう言っていたことを本人に伝えると、「恥ずかしい(笑) でも、いつまでたっても憧れですから」とほほえんだ。
クビアクに自分を重ねたのはこれだけでなく、今や水町の武器であるサーブに関しても、ジャンプサーブにトライし、トスを上げる利き手を変えたのも「クビアクがやっていたので」と、かつて明かしている。
直接対決で、強烈なサーブを何度も浴びた
そんな憧れの存在と、初めて直接触れ合ったのは高校2年生時の黒鷲旗。
「あの大会、パナソニックはずっと4試合目で。自分たちは畑野監督が3試合目くらいに『帰るぞ』って言うけん、全然試合が見れなくて(笑) でも一日だけ自分たちが3試合目、そのあとがパナソニックの試合で、目の前にクビアクがきたんです。『どうしよ。行くしかね!?』って。何て言えばいいかわからないし、日本語伝わるのかもわからなかったけれど、とりあえず握手だけはしようと思って手を差し出しました。そしたら、頭をポンポンされました」
小学生くらいの自分に戻りました、と本人は笑って振り返ったものだ。
そんなファーストコンタクトから5年後、同じ舞台で今度はネットを挟んで向かい合うと…、「実際の身長(192㎝)より大きく見えました」。
憧れに変わりなかったが、今回は倒したい相手。けれども、そう甘くはない。トッププレーヤーのパフォーマンスをまざまざと味わうことになる。
第1セット、6-9でクビアクにサーブ順が回ると、8度のブレイクを許した。サービスエースもあれば、サーブレシーブに入った水町が完全に崩される場面も。
「ちゃんと4枚レシーブしているのに、選手の間を狙ってくるあたり。生で受けるのは初めてだったので、『すげぇな』って。2セット目以降はチームとしても耐えることができたと思います」
狙いを細かに変えて打ち出される正確無比なサーブを振り返り、思わずため息がこぼれる。
「はぁ、かっこいいスね」
【次ページ】「読んでいました」と思わず笑った、ラリー中のワンシーン
「読んでいました」と思わず笑った、ラリー中のワンシーン
試合は水町の早稲田大が第2セットを奪い返したものの、最後はパナソニックに軍配が上がった。
その中にはクビアクと水町による競り合いのジャッジについて、ひと悶着もあったが…。それ以上に、試合を振り返り、水町の声のトーンがひときわ上がったワンシーンがあった。
それは第1セット、10-21からラリーが続いた場面。やや体勢が崩されていたパナソニックはワンタッチをとっての切り替えしで、セッターの深津英臣がアタックライン付近からレフト方面にいたクビアクにトスを上げた。このとき、クビアクはネットに向かって背中を向けているのだが、くるりと体を反転させると両手で相手コートの奥へボールをプッシュしたのである。
意表をつくようなアタック。それに反応したのが、ライト後衛に陣取っていた水町だった。
「読んでいました。(こっちの)セッターが前に詰め寄って、『クビアク、これ見えているな』って。絶対に奥に返してくると思ったので、自分も構えたら、実際にきましたね」
水町も後方に反り返るようにして、ボールをつないでみせる。結果的に得点にはならなかったが、この駆け引きに試合中ながら水町は感情を抑えきれなかった。
「ラリーが終わったあと、ニヤニヤしちゃいましたもん。映像見てきたかいあったな、って。高校時代にあのトリッキーなプレーは何百回見たかことか!! ああいうのを“クビさま”は平気でやってくる。絶対にくると思っていたので、それが読めたのは…、たまらなかったです」
見る側ではなく、対戦相手として。クビアクにワクワクさせられ、同時に、水町が自分自身にもワクワクした瞬間だった。
あらためて聞いてみる。肌で感じた、そのすごさを。
「安定感がすごいな、って。基礎ができていないと、トリッキーなプレーをしても空回りしちゃうじゃないですか。そのためにも安定さをもっともっと身につける必要があると感じました」
特別な時間を経て、さらに。水町の心の中で、憧れは強くなったのであった。
(文・写真/坂口功将〔編集部〕)
第71回黒鷲旗の模様は
現在発売中の「月刊バレーボール」6月号に掲載
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