ネーションズリーグ2023女子の予選ラウンド第2週がブラジリア(ブラジル)で行われ、日本代表は現地6月16日、ドイツにフルセットの末に敗れた。そのドイツを指揮していたのがフィタル・ヘイネン。監督として男子バレーで実績を残してきた指導者だ。女子は初めての経験だが、そこでは自身に施したアップデートがあった。
自らを「クレイジー」と称する名将
試合後、ミックスゾーンに一人で姿を現したヘイネン監督は、何やら口ずさんでいた。
「Walk. Walk. Walk…」
訳するならば、「てくてく」。もしくは、メイちゃんよろしく『トトロ』のオープニングでも歌っていたのだろうか。
5月30日、日本ガイシホール(愛知)。ネーションズリーグの大会初戦を白星で飾り、機嫌がいいのもあるだろうが、それでも相変わらずのマイペースぶりだ。
会場はアリーナからロッカールームまで少しばかり距離があり、その間にミックスゾーンが設けられているのだが、関係者に対して「ここは長いな!!」とヘイネン監督。そういえば4年前のワールドカップ2019でも、試合後の記者会見について時間短縮を訴えたなぁ。
そんなヘイネン監督だが、実績は申し分ない。男子バレーの指導者として世界選手権でドイツ代表を2014年大会銅メダル、ポーランド代表を2018年大会優勝に導いている。
同時に強烈なキャラクターを備え、試合中は早口で選手をまくしたて、判定に対してはイエローカードも辞さぬほどに食いかかる。自らを「クレイジー」と称するほどで、それは情熱の表れだ。
「覚えているのは8歳のときに、自転車で130キロを走ったこと。小さいころから、私はクレイジーだったんだよ」
初めて女子チームを指導して感じた違い
さて、昨年からは女子バレーに初めて身を投じ、ドイツ代表の指揮を執っている。そこでも激しく指示を飛ばし、それに困惑する女子選手たちの様子が見られたものだが…。
どうも今年は違う。もちろん熱が入っているのは見てとれるだが、どこかおとなしいのだ。
そこには、ヘイネン監督なりのアプローチの違いがあった。
「バレーボールはバレーボールに過ぎません。ですが、プレーする人間そのものは男女で異なります。私もそうですが、男子はStupidで、女子はSmartです(笑) 往々にして、女子は頭を働かせ、男子はそれほど考えることをしません」
口にした単語を直訳すると、Stupidは「ばか」で、Smartは「賢い」となってしまい、物議を醸すような表現になってしまうのだが(適切な表現が見当たらず申し訳ない)、どうもヘイネン監督としては、女子バレーのほうが考えながらプレーすることが求められる、という具合だ。
「大きな違いでいえば、男子だと、こちらがきつく言えば、その分、選手は闘争心を生み出します。ですが、女子選手が相手だと、それではダメ。伝える言葉は半分でいいのです。すると、こちらの考えを踏まえて、自分たちで思考を巡らせるようになります」
「学べることはたくさん」とヘイネン監督
「それがとても興味深かったです」とヘイネン監督。就任当初は「コミュニケーションがすべて。男子で取り組んできたことを女子でも実践したい」と語っていたが、それではうまく運ばないことを学んだのが、1年目の昨シーズンだった。
今年度の女子ドイツ代表キャプテンを務めるアナ・ポガニーは、指揮官の変化をこう受け止めている。
「彼が素晴らしいコーチであることは明らかです。ただ、最初は男女の違いにぶつかっていました。ですが、コーチとしてのスキルをさらに高めようとする彼の姿勢を感じますし、それ自体が私はとても大事なことだと思います。
彼から指導を受けられてうれしいですし、一緒に高め合っていけると願っています」
男子であろうと、女子であろうと、ヘイネン監督は指導者としてのパッションをチームにぶつける。学びや気づきが、それをさらに助長するのだろう。
「男女とも、完璧ではありませんから。男性は女性から、女性は男性から学べることはたくさんあります。もちろん、私自身も。私はStupidですから、ははは(笑)」
選手たちには「苦しいときこそ冷静に」と伝えるが…
じょう舌に、時折ジョークを交えながら。と同時に、こんな思いを明かした。
「コーチ業にやりがいを感じています。私はこれまで、どの国でも男子だけを指導していきました。日本はありませんね、誰も私にアプローチしてこない。願わくば、1年だけでも経験してみたいです。日本には素晴らしい指導者の文化がありますから」
それは指導者として、まだまだ成長したいという純粋な願いの表れだろう。今、ヘイネン監督がおとなしく見えるのも、女子チームを率いるにあたって、必要なアップデートを自らに施したからである。キャプテンのポガニーは指揮官から授かった教えをこのように語る。
「『苦しい状況こそ冷静に』と。彼もそう心がけていますし、落ち着いて、ベストを尽くそうと私たちに話しています」
とはいえ、6月4日のブルガリア戦では、こんな一幕が。チャレンジの判定結果に納得いかず、その直後のプレーで長いラリーを制すると、ヘイネン監督は審判に向かってガッツポーズを繰り出した。もちろん、イエローカードが提示される。
試合後、「チャレンジの判定基準が、あまりにも不明瞭だったからね。競技の発展を望むのであれば、こんな競技運営では到底だめだ!!」とぶちまけたヘイネン監督。ただし、当のリアクションについては、にんまりと笑って、こう口にした。
「I will fight for my team」
チームのために戦うのだ、と。
どれだけおとなしくなっても、そう見えても。その芯にある情熱は、クレイジーなまでにホットなままだ。
(取材・文/坂口功将〔編集部〕 写真/石塚康隆〔NBP〕)
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