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春高2025

「夢を選手たちがかなえてくれた」太宰府U14クラブが初の全国大会へ 30年来の指導者の思い

  • コラム
  • 2023.08.18

 

 バレーボールの全日本中学校選手権大会(以下、全中)が820日に愛媛で開幕する。今年は公益財団法人日本中学校体育連盟(以下、中体連)が「部活の地域移行」に着手し、地域クラブの大会出場を認めた。その元年に行われる全中は、さっそく男子3チーム、女子1チームが出場を果たす。その一つ、男子の太宰府U14クラブ(福岡)は長年抱いていた夢をかなえた。

(写真はU13/14 PROGRESS CUPのもの)

 

 

福岡を拠点に活動する太宰府U14クラブ

 

【ギャラリー】初の全中へ!! 太宰府U14クラブの熱きプレー集〔20点〕 

 

九州1位で全中出場を決めた太宰府U14クラブ

 

 86日、第56回九州中学校大会(以下、九州大会)は決勝トーナメントが行われた。最終日に残ったのは8チーム。準々決勝をクリアすれば、全中の切符が手に入る。一方、そこで敗れれば、敗退チームだけのトーナメントに回り、九州第5代表の座を争うことになる。

「どこが勝ってもおかしくない力関係だし、どこも負けたくないのは一緒。なるべく、そっちにはいきたくないな」

 最終日を迎え、太宰府U14クラブの高田政樹代表は、そうにらんでいた。そうして臨んだ妻ケ丘中(宮崎)との準々決勝は第1セットを落としたものの、徐々にチームの強みであるレシーブからリズムを取り戻すと、逆転勝利を収める。

 

 初めての全中に行けるぞ。

 この大会ではベンチ入りせず応援に回った高田代表も、選手たちの保護者もともに喜びと安心感で胸がいっぱいになった。

 だが、選手たちは対照的だった。聞こえてくるのは、「優勝するぞ」という気合いの入った言葉。それを耳にした高田代表は素直に思った。

「子どもたちはすごいな」

 ずっと憧れていた景色をこの夏、彼らが見せてくれるのだと実感すると胸が熱くなった。

 

 

感情を出して一点を喜ぶのがチームのスタイルでもある

 

地元の小学生への指導から始まった

 

 もう30年近くも前になる。当時、大学4年生。高田“青年”は知り合いから相談を受けた。

「息子が所属している小学生チームの指導者が転勤でいなくなる。面倒を見てくれないか」

 

 高田代表は中学1年生から高校を卒業するまで学生バレーに励み、地元・福岡での学生時代はクラブチームに所属していた。指導員の話が降ってきたのは、大学4年生になり進路を考えているさなか。そうして小学生たちを教えているうちに、楽しみを覚えた。大学では教員免許を取得できる学部を専攻していなかったが…

「たとえ先生にならなくても、こういう活動ができたらいいな」

 今でいう“外部指導員”のポジションである。そうして、時間的にも指導活動に携わりやすい職業に就き、指導者の道を本格的に歩み始めた。

 

 やがて教え子である小学生たちが進学すると、あらゆる現実に直面した。なかでも、中学校の部員数の少なさはたびたび起きた課題だった。

 今でこそ、近隣学校との合同チームによる大会への参加が認められているが、当時は単独チームのみ。出場するには帰宅部やほかの体育会系の部活に助太刀してもらう必要があった。もちろん人数が少ないのだから、ふだんの練習もままならない。そうした学校の選手たちへ個人レッスンのようなかたちで携わった。ときにはバレーボールだけでなく勉強を教えることもあり、それは今も続いている。

 また選手たちが入学した中学校で、バレーボール部の顧問が転勤になり、廃部となったこともあった。そうなれば、学校へ駆け込み、校長への直談判も辞さなかった。「23歳ぐらいの若造がね」と高田代表はばつが悪そうに振り返る。

 そうして理解をもらえた際には大会のときだけ引率する顧問をつけてもらうことで、公式戦への出場がかなった。とはいえ自身は外部指導者という立場ではあるもの、そのころはその制度自体がないため、いざ試合は応援席から見守るしかできなかった。

 

 

今のチームは金子祐一郎監督が率いる。大会によっては高田代表がコーチを務める姿も(写真最後列)

 

 

【次ページ】クラブの立ち上げは8年前。全国クラスの選手を輩出も

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