バレーボールの観客動員数としては、驚愕ともいえる数字だ。アメリカは現地8月30日、「バレーボール・デー・イン・ネブラスカ」にて行われた大学女子バレーボールのゲームに集った観客数は9万を超えた。発表された数字は92003人。女子スポーツとしては世界記録だという。
アメリカでプレーしていた宮部藍梨(みやべ・あいり/1998年7月29日生まれ/身長181㎝/最高到達点309㎝/金蘭会高〔大阪〕→サウスアイダホ大〔アメリカ〕→ミネソタ大〔アメリカ〕/ミドルブロッカー)
常にアリーナが満員になるアメリカのカレッジスポーツ
会場となったのはネブラスカ州の州都リンカーンに構える「メモリアルスタジアム」。ちなみにオーナーはネブラスカ大、つまり大学の施設である。普段は主にアメリカンフットボールで使用されているスタジアムではこの日、バレーボールのイベントが催され、膨大な熱で満たされた。
92003人を動員したバレーボール・デー・イン・ネブラスカ
このイベントでは別のバレーボールの試合や音楽コンサートも実施されたそうだが、それにしても9万人とは。代表戦ではなく、大学生の試合である。アメリカのカレッジスポーツ、恐るべし。
その世界をつい2年前まで、当事者として味わっていた、女子日本代表の宮部藍梨(ヴィクトリーナ姫路)は自身の学生時代を、このように振り返っていたものだ。
「毎回、コートに立つときは鳥肌が立つんです。これだけの人が自分たちの試合を見にきてくれているんや、って」
宮部は高校を卒業後に渡米し、短大を経てミネソタ大に編入。ミネソタ大はネブラスカ大と同じBIG10カンファレンスに属しており、そこでプレーしていた。
ミネソタ大も自前のアリーナを有しており、そちらは5000人近くが収容できる。さすがに「バレーボール・デー・イン・ネブラスカ」を比較対象にはできないが、そこで行われるホームゲームはいつもチケットが完売し、満席だったという。加えて、町中の熱が選手たちに注がれていた。
「ミネソタの町のみんなが応援してくれるんです。『試合頑張って!!』という声はもちろん、その思いがひしひしと伝わってくる。すごくいい環境でバレーボールをさせてもらっているな、といつも感じていました」
国際大会で常に上位の成績を残す女子アメリカ代表(写真:FIVB)
国内プロリーグはなくても、代表チームは強いアメリカ
そんな環境下で行われるアメリカのカレッジバレーボールだが、そこで浮かび上がる疑問は、その後の進路のことだ。アメリカにはアメリカンフットボール、野球、バスケットボール、アイスホッケーの“4大スポーツ”に代表されるように、それぞれ世界最高峰のプロリーグが存在する。だが、バレーボールにはれっきとしたリーグがない(小規模のものは存在する)。
2021年に女子バレーのプロリーグと銘打たれ「Athletes Unlimited Volleyball」がアメリカで始まったが、こちらはリーグ戦形式の中で個々のスタッツに応じたスコアを争う“個人競技”の側面が大きかった。国内規模のリーグはなく、アメリカの大学トップ選手は卒業後、バレーボールのプロリーグが各国にあるヨーロッパへと渡り、そこでプロ選手としてキャリアをスタートさせるのが大半だ。
そうして代表に選出されると、そこでも力を発揮し、それが融合することで、あの強力なアメリカナショナルチームをつくりだす。自国開催の1984年ロサンゼルスオリンピックで銀メダルを手にして以降、常に国際大会の上位を争い、ついには東京2020オリンピックで金メダルを手にした。
東京2020オリンピックで悲願の金メダルを獲得した女子アメリカ代表(写真/FIVB)
実体験をまじえながら、当時を振り返ってもらった
「生活に関わってくる」と宮部が話す大学事情
イタリアやトルコは、世界トップレベルのプロリーグという存在が代表の強化の一端を担っていると言える。だが、アメリカは異なる。まぎれもなく個々の強さそのものが、代表チームの根底にはある。
そこには大学が関係するのではないか? その世界に触れてきた宮部に昨年、帰国してまもない頃に話を聞くと、「たぶんですけど…」と切り出して、こう答えてくれた。
「学生ではあるんですけど、生活に関わってくるんです、スポーツでのパフォーマンス自体が」
これはあくまでも一例だが、聞くに、アメリカの大学でも奨学金制度があり、利用している学生がいる。ただし、その基準はシビアだそうで、学力はもちろんのこと、アスリートとして奨学金を受けている学生は、そのパフォーマンスが大きく影響する。
「(スポーツの)成績がよくなければ奨学金がストップされる、なんてことが普通にあります。学費が払えない以上、大学にはいられない。逆に、奨学金の対象でなかった学生でも競技を頑張ることで、奨学金がもらえたりもするんです。
大学の学費を払うためにローンを組んでいる学生もいました。お金、というと表現は直接的ですが、学校生活を送るためには必要なわけで」
アメリカではアウトサイドヒッター、オポジットを経験し、現在は日本代表でミドルブロッカーとしてプレーする宮部(写真:佐々木啓次)
「バレーボール・デー・イン・ネブラスカ」は“現実離れ”していたが…
そうしたリアルを踏まえ、宮部は語る。
「それがプロ意識を生んでいるのかもしれません。バレーボールをしているからこそ大学に通うことができている。それは確かで、そこには相当の責任が自分自身にかかっています。『これだけやらなければ、奨学金を切られるかもしれない』という考えは、プロ選手に置き換えるなら『給料をもらえない。契約先がなくなる』ということ。いろいろなものがバレーボールを通して、のしかかっているんです」
在学時代の記憶をたどり、「いい思い出ではないですね」と宮部が口にしたあたりに、そのシビアさがうかがえた。
スタジアムが満杯になり、バレーボールの熱で支配された、あの日。観戦に訪れた男子アメリカ代表のキャプテン、マイカ・クリステンソンはその光景に興奮を隠せず、「とんでもなく現実離れしている」とSNSでつづった。
けれども、コートでプレーしていた大学生たちの中には、特別な空間を満喫しながらも、同時に“現実”と戦っている選手がいたのかもしれない。
薩摩川内市(鹿児島)での紅白戦後、ファンサービスに応じる宮部(写真:佐々木啓次)
(文/坂口功将〔編集部〕)
■ミネソタ大ベスト4進出ならずも宮部藍梨はチーム最多アタック得点
【ギャラリー】パリ五輪予選を前に最後の紅白戦 女子日本代表in薩摩川内〔10点〕