バレーボールの男子ヨーロッパ選手権で驚愕の数字が記録された。現地9月5日、プールCのデンマーク戦でポーランドのウィルフレド・レオンが時速138キロのサーブを放ったのだ。世界記録を上回る球速。その世界トップレベルのサーブと、男子日本代表の面々は国際舞台で対峙している。
「気づいたときにはボールが目の前に」
地上最強。そう呼ばれて久しい男が新しい称号を得た。今度は、世界最速である。
キューバをルーツに持ち、圧倒的なジャンプ力から繰り出されるアタックで世界のバレーボールシーンを席巻するレオン。代名詞は強烈な弾丸サーブで、21年のネーションズリーグでは一試合13本のサービスエースをマークし、そのうちの1本は時速135.6キロをたたき出した。そして今回、その自己最速を更新、さらには男子オランダ代表のニミル・アブデルアジズが世界記録となる時速137キロを放った4日後に、それを1キロ上回った。
男子日本代表のビッグサーバー、西田有志(パナソニックパンサーズ)や宮浦健人(パリ〔フランス〕)はときに120キロ台をマークする。では、時速130キロにも到達するサーブとは。
「ボールをセッターに返すどうこうではなくて、気づいたときには目の前にきている感覚です。来た、と思ったらボールが手に当たっている」
そう語ったのは男子日本代表のリベロ山本智大(パナソニック)だ。「それが今後は世界のスタンダードになってくるのではないかと思います」という山本の予言は現実のものになりつつある。
今年のネーションズリーグ、ポーランド戦にて
そのレオンのサーブを、日本の若武者たちは肌で味わった。今年7月9日、ネーションズリーグ予選ラウンド第3週、ポーランド戦。第3セット4-6の場面で、日本の大塚達宣(パナソニック)はレオンのサーブを手に当てたものの上げることはできず、サービスエースを奪われている。このときの打球が時速130キロだった。
「あのサーブはいかつかったです。うわ、とらえきれねぇ!! って思いました。何て言うんですかね、レシーブしようと反応した手も、もっていかれました」
聞けば試合前から大塚自身はワクワクしていたそうで…。
「あのクラスの選手のサーブを受ける機会がこれまでなかなかありませんでしたから。なので、相手はレオン、このサーブを捕りたいな、と。
そこへ飛んできたのですが…、速さはもちろん、あのときのサーブはコースもすごかった。自分にとって“ここまでならセッターに返せる”という範囲の、ボール一個分、外だったんです」
同じ場面で、大塚と並んでコートに立っていた富田将馬(東レアローズ)も、このときのレオンのサーブはコースが“想定の範疇外”だったと説明する。
「クロスではなくて、ストレートに近い弾道でしたから、より速く感じましたね」
直線的な軌道ゆえに、体感速度も上がった
大塚も富田もアウトサイドヒッターとして、サーブレシーブで攻撃の起点となるのが役割の一つにある。この試合前、レオンのサーブに対しても、このような心構えでいた。
「元々、レオンのサーブはゾーン1(バックライト)とゾーン6(バックセンター)の間がいちばんの“ストロングコース”だと話していました。その軌道のサーブで、エースを奪われるのは気をつけよう、と」(大塚)
レオンはサーブを打つ際、大抵はライト側に立つ。そこから対角線上に横の変化量の大きいサーブを打ち込むケースが多い。野球で表すなら、スライダーのような軌道だ。
だが、大塚を強襲した打球はほぼまっすぐ、さらにはゾーン5(バックレフト)の方向へ、横の変化量こそ少なくとも曲がって落ちた。
「このときはシュート回転するようなサーブでした」(富田)
このサーブについて取材したのは7月中旬の国内合宿。実は、同じタイミングで2人に話を聞いていた。そこでの掛け合いが、レオンのサーブのすごさを端的に表している。
「逃げていくし、速いし、重いし」(大塚)
「どんまい、って思いながら見ていたよ」(富田)
「(爆笑)」(大塚&富田)
「130キロになると段違いだね」(富田)
トップレベルを肌で感じたからこそ
大塚が振り返るに、この試合の会場の大型スクリーンはコート真上にあり、球速を確認することはできなかった。
「あの瞬間は何も知らなかったんです。試合が終わったあとに、『130キロだった』と聞いて、まじか、って思いました」
とはいえ、味わっただけでは終わらない。大塚はさらなる成長をにらんだ。
「このレベルのスピード感や高さにもっともっと慣れることで、自分の中でも引き出しが増えると感じた試合でもありました。レベルアップにつながると考えながら、これからも臨みたいと思います」
2021-22シーズンにVリーグでレシーブ賞に選ばれた富田も、世界最速男の打球を振り返り、ほほえんだ。
「あれが捕れたら、全部のサーブが捕れるんじゃないですかね」
もうまもなく始まるパリ五輪予選を含め、彼らはこれからも列強諸国のビッグサーバーたちと対峙することになる。大塚は目を輝かせた。
「(次は)返したいですね!!」
(文/坂口功将〔編集部〕 写真/中川和泉〔NBP〕)
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