今年7月22日、埼玉県立入間向陽高校(埼玉)で一つの魂が継承された。VリーグのV2男子で戦う富士通カワサキレッドスピリッツがチームスローガン「明るく、楽しく、そして強く」を同校の女子バレーボール部に授けるというもので、この日、認定書が贈呈された。どこにでもあるような公立校と、Vリーガーはいかにしてつながり、そして、ともに歩もうとしているのか。《前編/全2回》
埼玉県立入間向陽高女子バレーボール部が挑んだ最後の夏
これが3年生たちにとって高校生活最後の公式戦。入間向陽高女子バレーボール部は今年6月19日、インターハイ県予選を迎えた。試合前に円陣を組む。選手たちは応援席の前に掲げられた横断幕に目をやった。
今日の試合はあれを見て、頑張ろうね。
口に出さずとも、気持ちは同じだった。当時のキャプテン、斎藤椛菜(3年)は胸の高まりを覚えた。
「元気をもらえたというか。けっこう目につくんですよ。色も目立つので。頑張ろう、とすごく思えました」
その横断幕に描かれた言葉は―
「明るく、楽しく、そして強く」
それに加えて、真ん中にはとびきりでっかく「笑」の文字が記されている。
負ければ、そこで引退だ。その怖さがあったかと言われれば、ゼロではない。けれども、「楽しく笑顔でやることをいちばんたいせつにして。そのうえで、勝ちにこだわって戦っていました」と齋藤キャプテン。
新しく完成したその横断幕が部員たちにお披露目されたのは、その前日だった。それでも、そこに刻まれた言葉は、これまで常に胸に留めていたかのように馴染んでいた。だからこそ、2回戦敗退に終わっても、部員たちは晴れやかな表情でいられたのであった。
“いちファン”として下坂監督が抱いた憧れ
バレーボールってこんな力があるんだ。こういうチームはすごいな。
インターハイ県予選からさかのぼること3ヵ月、入間向陽高女子バレーボール部の顧問、下坂俊之監督は目の前の試合にくぎ付けになった。それは、3月26日に坂戸市民総合運動公園体育館(埼玉)で行われた2022-23 V2男子の埼玉アザレアと富士通カワサキレッドスピリッツの一戦。
競技役員として携わっていた下坂監督は「本来ならば仕事をしなくてはいけないのに(笑)」、2セットダウンから反撃に打って出るアウェーのチーム、富士通から目が離せなくなっていた。
「感動しました。誰もあきらめていなくて、どんどん逆境をはね返していく。気持ちをプレーで示して、見ている人を魅了する。こういうチームに、自分の持っているバレーボール部が近づけたらいいなと思って見ていました」
これより以前から、埼玉でVリーグの試合があれば、その現場に携わっていたこともあり、富士通というチームの存在は知っていた。闘志にあふれ、ときにコミカルなパフォーマンスで笑いを誘い、それでいてリーグ上位を争うほどの強さを備える。そこに強く惹かれていた。
そうしてこの日、逆転勝利を収めた富士通の姿を見て、下坂監督は決意する。自分たちのチームのスローガンを富士通と同じ「明るく、楽しく、そして強く」にしよう。とてもやさしくて、誰にでもわかり、広く伝わる、この言葉を。
だけど、使うからには筋を通したかった。リスペクトしているからこそだ。
直接のつながりはなく、言わば“いちファン”だった下坂監督は富士通のホームページに書かれていたアドレスに思いきってメールを送った。
スローガンを使ってもいいですか、と。
新しい横断幕の下、集大成で見せた「ベストプレー」
富士通からすれば、このうえなくうれしいことだった。自分たちのチームスタイルが広く知られ、共感してもらい、そうして追従したいとまで言ってもらえているのだから。話はとんとん拍子に進み、入間向陽高は快諾された。こうして認定第1号となった。
さっそく下坂監督は新しいスローガンを使用した横断幕の作成に取りかかった。どうしてもインターハイ県予選が集大成となる3年生たちに間に合うように届けたい。やがて無事に完成し、県予選前日に部員たちの元へ。
「まずは、すごく喜んでくれました。そうして、私がなぜこの言葉を選んだのかを伝えたら、彼女たちの顔つきが変わりましたね。翌日に試合が控えていたこともあってか、『この横断幕の下で頑張ろう』という表情をしてくれたのが印象的でした」
その思いに部員たちは応えた。県予選では、勝っても負けても、あきらめずにボールを追いかけ、粘り強く戦った。その姿を「今まででベストなプレーをしてくれた」と下坂監督はたたえた。
この言葉を選び、そして入間向陽高女子バレーボール部に自然と馴染んだ理由。そこには、富士通への尊敬の念の一方で、自身の指導に対する考え方やチーム事情があった。その背景を下坂監督はしみじみと明かした。
「正直、自分を悔いあらためた、と言いますか。富士通というチームに出会う前の私は、今とはまるで違う指導者だったのかなと思うんです」
《後編》に続く
(文・写真/坂口功将〔編集部〕)
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