今年7月22日、埼玉県立入間向陽高校(埼玉)で一つの魂が継承された。VリーグのV2男子で戦う富士通カワサキレッドスピリッツがチームスローガン「明るく、楽しく、そして強く」を同校の女子バレーボール部に授けるというもので、この日、認定書が贈呈された。どこにでもあるような公立校と、Vリーガーはいかにしてつながり、そして、ともに歩もうとしているのか。《後編/全2回》
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「よくない指導をしてしまっていた」下坂監督の懺悔
生まれは長野県。同年代の男子バレーでいえば、岡谷工高や丸子実高が全国大会で好成績を残した。そんな環境下で自身も小学3年生ごろから始めたバレーボールに中学、高校と励んだ。
だが時代柄もあったのだろう。下坂監督は今でこそ笑って振り返るが…、「ただ怒られてしかいなかった印象です。バレーボールを教わってない(笑) 負けたら怒られるし、どなられる。遠征や練習試合がほんとうに嫌でした。どうして負けたくないか、って、罰のようなワンマンレシーブをさせられたくないから、ですからね」。
高校を卒業して一度は離れたが、教職に就いたことをきっかけに今度は自身が指導者としてバレーボールに携わることになる。そこではかつて自身が受けていた指導を“再現”していた。
「その考えしか持っていないですから。体罰まではいかなくても、意味もなく怒鳴ったりと選手たちにとってよくない言葉の暴力はあったかもしれません。厳しく叱咤することも必要かもしれませんが、それではバレーボールが好きにはならないでしょうし、『ワンマンレシーブが嫌だから勝とうね』ではありませんから」
転機となったのは入間向陽高に着任して、4年目を迎えたとき。当時、女子バレーボール部は部員数が3人だった。
人数がそろったときに気づいた「生徒たちは宝物」
コート上に立つ選手は6人なのに、である。普段の練習もままならず、2日動けば1日休む。日によっては他校の練習に参加することも。コロナ禍で結果的に中止となったが、大会にはほかの部活動の生徒を加えてチームを組んで、出場する予定だった。
そのうちの1人が最上級生に、その一学年下が2人、となった2年前。部活を見学した学生たちがぞろぞろと入ってきた。それが当時1年生の斎藤たちの代である。
「3人で部活をしていたときも私は厳しい言葉を使っていました。なんであんなことを言っていたんだ、あんな指導をしていたんだ、って今でも思い出します。
ですが、入部希望者が多くきたときに気づかされたんです。生徒一人一人が宝物だと思って接しなければ、と」
下坂監督は聞いたことがある。どうして入部したの? すると、「一生懸命にやっているから」という答えが返ってきた。齋藤もこう話す。
「中学時代に入間向陽高の練習に参加させてもらったときに、すごく先輩たちが明るかったんです」
入間向陽高は3学年で生徒数は1000人規模。その3分の2が女子で「明るくて元気のいい生徒が多いんです。それが特色でもありますし、指導者の接し方次第では雰囲気が抜群によくなる、そんな土壌はあったかもしれません」と下坂監督は言う。
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富士通の山本監督が口にしていた「今こそ多くの方々に感じてもらいたい」こと
指導者の「変わらなければ」という思いに、もっともマッチしたのが「明るく、楽しく、そして強く」だった。下坂監督はこれまでの歩みを振り返りながら口にした。
「あの言葉は、指導者である自分に向けたものでもありますね。子どもたち一人一人に大事な家族がいて、その子を学校は預かっている。生徒を大切にすることにはバレーボールを上達させるよりも責任が伴うといいますか。そのうえでいかにうまくなるか、さらには勝てるようになるか、だと今は考えています。
いろいろなことがあって、こうして今につなげてくれた教え子たちに感謝していますし、この先も大事にしなければならない言葉なのかなと思います」
思えば今年の春先、学生バレーボール界では体罰の問題が激化。実績ある有力校での体罰が表沙汰になった。
時同じくして、Vリーグを戦っていた富士通の山本道彦監督は、試合前に和気あいあいとアップする選手たちを見ながら、こう話していた。
「今こそ私たちのバレーボールを通して、多くの方々に感じてもらいたいんです。バレーボールって楽しいものなんだよ、楽しんでいいんだよ、って。それが富士通というチームに課せられたミッションでもあります」
その思いは県を越えて、確かに届いていたのである。
代替わりしたチームがつなぐ絆とその未来
斎藤たちの代は出場する公式戦すべてで県大会にまでのぼりつめた。1年生から3年生まで、全学年の部員数は30人を超える。とはいえ、高校から始めた生徒もいるなどスキル面でいえばまだまだトップレベルには及ばない。下坂監督は「いたって、ふつうの公立高校のバレーボール部です」とほほえむ。
そんなチームは代替わりをして、今は夏休みのさなか、2年生たちは週替わりでキャプテンを交代させ、自分たちでメニューを考えることに四苦八苦しながらチームづくりに励んでいる。
中でも前チームからレギュラー入りしていた新井聖美(2年)は悩みつつも、精いっぱい汗を流している。
「一緒にコートの中に立たせてもらえていたことが自分の中では大きくて…、3年生が残したものをきちんと残さなくちゃ、続けなくてはという思いが強かったんです。とにかく勝ちたい、って。
でも、それではだめだ、って。先生や先輩から『同級生ともっともっとコミュニケーションをとるように』と言われて。私自身、そこは課題だと思っていました。
いざ実際にコミュニケーションをとるようにしたら、全然違いました!! 練習の雰囲気も何もかも。自分がやらなきゃ、って抱えていたのが楽になって。まだまだ難しいですけど…」
先輩たちの姿を見てきたからこそ、その思いは募る。そして指導者と同じように、部員たちも変わろうとしている。明るく、楽しく、そしてその先には“強く”なった絆が芽生えているはずだ。
笑顔でボールをつなぐ。そんな入間向陽高女子バレーボール部を、今年新しく作られた横断幕が温かく見守っている。
(文・写真/坂口功将〔編集部〕)
【次ページ】贈呈式のあとに富士通チームスタッフが直接指導。「楽しかったです!!」と部員たちは笑顔
■贈呈式のあとに富士通チームスタッフが直接指導。「楽しかったです!!」と部員たちは笑顔
7月22日の認定証の贈呈式のあと、富士通の三芳健斗広報が入間向陽高の練習に付き添い指導した。
メニューは富士通が実際に行っているアップ時のものなどを採用。「見ている方々から遊んでいるように思われがちなのですが」と三芳広報は笑うが、実はそれこそがチームのスタイルでもある。
実際、この日の練習内容は多岐にわたり、最後はネットを挟んでコートのエリアを狭めた4対4のツーボールゲームを実施。だが、最初はその難しさもあってか、部員たちの表情は真剣そのもの。そこで三芳広報はいったんゲームを止めて、こう伝えた。
「一点を取ったら、まずは喜ぼう」
そうして再開されると、ラリーが決着するたびに、みるみる雰囲気が明るくなったのだ。その変化を2年生の新井はこう語る。
「最初は集まって確認しよう、という意識を持っていたのですが、どこか気を遣うことが第一になってしまっていて。アドバイスをもらってからは、いちばん自分が声を出して喜ぶんだ、という気持ちになりました。楽しかったです!!」
アップも含めて、富士通の選手たちはバレーボールに対して遊びの要素を強めて、喜び、はしゃぐ。それを指南したことの狙いを三芳広報は明かした。
「何歳になっても、遊んでいて楽しいときって時間が経つのが早いじゃないですか。練習もそうだし、バレーボールも、そうでありたいなと考えているんです」
ここに“明るく、楽しく、そして強く”の原点がある。それもまた、入間向揚高に受け継がれたに違いない。
≪部員に聞いてみました≫
Q.横断幕にも描かれた「明るく、楽しく、そして強く」。その“強さ”とは?
斎藤椛菜「私が思うのは、明るくて楽しくて、勝つことができたらさらに楽しい、のだと。でも勝つためには強くならないとだめなので。明るく楽しくあるために、強くなって勝つ、なのかなと思います」
新井聖美「横断幕を見たときは、すごいな、と思いましたし、気が引き締まりました。3年生たちがいたときは、まさに『明るく、楽しく、そして強く』のとおりだったんです。でも、今は代替わりをしてまだまだ不十分なところが多くて。その言葉をチームの中で描きながら頑張りたいです。
バレーボールの上手さも大事だと思いますが、チームスポーツだからこそ仲間や周りのことが見えていることが必要だと。そうした“強さ”を一人一人が持てるようになりたいです」
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