バレーボールの「パリ五輪予選/ワールドカップバレー2023」は後半戦に入り、国立代々木競技場第一体育館(東京)で開催されている日本大会は9月22日、ブラジルとトルコの全勝対決が行われた。勝てばオリンピック出場に大きく前進する一戦。ブラジルは深い悲しみとともに臨んでいた。
<トルコ戦を前に黙とうを捧げる女子ブラジル代表>
元・女子ブラジル代表のヴァレウスカ・オリベイラが逝去
9月22日、午後3時15分。暗転したアリーナの中で、すでにコート上ではトルコの選手たちがアップを始めている。一方のブラジルは、控え室から続く廊下の先、体育館に入る手前の少しばかり広い空間で円陣をつくっていた。
選手、スタッフが肩を組み、しばし沈黙の時間が流れる。やがて輪が解けると、それぞれが握りこぶしをつくり、下から上に突き上げた。
いつもなら「さぁ、いくぞ」という掛け声でムードを高めるはずだ。だが、この日は違った。
誰も一言も発することなく、静かに腕を振り上げ、入場するために整列する。先頭に立つキャプテンの“ガビ”ことガブリエラ・ギマラエスから最後尾のベテラン、タイーザ・メネセスまで、選手たちの目には涙が浮かんでいる。
手をつないで入場した彼女たちの腕に巻かれたテーピングには「W#1」の文字と黒いハートマークが。それは、逝去した元・女子ブラジル代表、ヴァレウスカ・オリベイラ(WALEWSKA OLIVEIRA)への哀悼を示すサインだった。
<喪章としてテーピングを巻いていた>
盟友タイーザが明かしたトルコ戦の胸の内
代表のミドルブロッカーとして2008年北京オリンピックで女子チーム初の金メダルをブラジルにもたらしたヴァレウスカ。その競技生活は長く、40歳で迎えた2019/20シーズンにはブラジル国内リーグのプライア・クラブでキャプテンを務めるほどだった。
今回、来日した女子ブラジル代表にも現役時代に一緒にプレーした選手は多く、“キャロル”ことアナ・ダシウバや23-24シーズンをVリーグでプレーするロザマリア・モンチベレルらの名前が挙がる。なかでも、現在36歳のタイーザは、北京オリンピックで最高の栄誉を手にしたものどうしだった。
「その知らせはとてもつらいものでした。今日の試合で苦しんだ理由にするつもりはありませんが、それでも私たちの心が混乱していたのは確かです。仲間にはそれを見せないように、私自身は務めましたが…」
ブラジル現地9月21日の晩にヴァレウスカが逝去した翌日、日本の地でトルコにストレートで敗れた試合後、タイーザはそのように胸の内を明かした。
<トルコ戦では手をつないで一列となり入場した>
【次ページ】「彼女のことを一生忘れないでしょう」(ギマラエス監督)
<2008年北京オリンピックで女子ブラジル代表を金メダルに導いたギマラエス監督。手前⓺はタイーザ>
「彼女のことを一生忘れないでしょう」(ギマラエス監督)
「ほんとうにつらい一日です。いろんなことを今日は思い出しました。まるで娘を失ったような感覚です」
そう語ったのは、女子ブラジル代表のジョゼ・ギマラエス監督だ。北京オリンピックでも監督を務め、ヴァレウスカ、タイーザと喜びを分かち合った。
「彼女はブラジルを代表して戦うことを、とても誇りに思っていました」
そう語るギマラエス監督の“盟友”への思いは尽きない。
「私がときにエキサイティングし過ぎたときは、彼女が寄り添ってバランスをとってくれたものです。自分の意見を出すこともいとわず、何よりチームのためにいつも全力を尽くしていました。とても誠実で、個々の基礎的な技術を磨くことに努力を惜しまなかった。彼女と一緒に戦えたことを光栄に思います」
ともに戦ったタイーザは「笑顔にあふれ、遊び心のある女性。それでいてプロフェッショナルで、情熱的。リーダーシップのお手本でした」と表現した。誰もが認める、まさにロールモデル。それが、ヴァレウスカ・オリベイラだった。
「アスリートとしてのレガシーを私たちに残してくれた彼女のことを一生忘れないでしょう」(ギマラエス監督)
金色に輝くレガシーをつなぐ女子ブラジル代表の戦いは、パリそしてその先の未来へ続いていく。
<2013年ワールドグランドチャンピオンズカップで優勝。後列左から3番目がヴァレウスカ(写真/FIVB)>
(文/坂口功将〔編集部〕 写真/石塚康隆〔NBP〕)
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