公益財団法人日本中学校体育連盟バレーボール競技部(以下、日本中体連)による令和5年度全国長身選手発掘育成合宿が2月8日〜11日に味の素ナショナルトレーニングセンター(東京)で行われ、全国から選出された計80名の中学生男女が参加した(数名の選手はコンディション等の事情により欠席)。その合宿の最中、関係者も目を丸くし、取材する記者も思わずうなる光景があった。
すでに中学生世代で名前をあげている選手から、磨けば光るであろう“ダイヤの原石”まで全国各地から集まった
練習前の昼休みの時間からすでにボールを使っている!?
今年2月9日、長身選手発掘育成合宿の2日目に足を運ぶ。シニア日本代表も使うバレーボール専用コートは午前が女子、午後は男子に割り当てられており、昼食後に男子の練習を見ることにした。
聞いていた練習開始時刻の10分前にコートに到着すると、合宿に参加する中学生たちはすでにパスをしていた。
開始時刻を勘違いしてしまったかな? と思いながら先生方にあいさつに行くが、まだ練習自体は始まっていない様子。その一方で、中学生たちはネットを挟んで、サーブを打ち、果てはトス役とアタッカー役に分かれて、いわゆるコンビ練習に励む。
やがて開始予定時刻になると、さっそうと指導者たちの元に集まり、整列し、午後の練習をスタートさせたのである。
これまでだと、その“昼休み”は談笑したり、選手によってはストレッチをしたり、もちろんこうした合宿で対面するのが初めてどうしとあって、ぎくしゃくする様子も緊張感もうかがえた。それが、まるで異なったことに、中学生世代を取材してきた一人として少なからずの感動を覚えた。
シニアの日本代表と同じ練習環境で合宿は行われた
指導者からの指示ではなく、自発的なものだった
その光景を見て、日本中体連の協会委員である山岡航太郎先生(鎌田中〔長野〕/昨年の男子U16日本代表コーチ)も高揚した様子で口にした。
「初めてではないですか。女子は最近、アンダーエイジカテゴリーとの連携もとれて、このような雰囲気が見られるんです。男子があのように自分たちから取り組んでいることは素直にうれしいですね」
聞くに、そうするように促したわけではない。あくまでも、参加者たちからの行動だったという。
「午前と午後の練習のあいまの時間の使い方は『自分たちで、いい練習ができるように考えよう』とは伝えました。できるかぎり、こちらから、ああしようとは言わなくて。すると、ボールを使っていいかと打診があったので、承諾しました。それ以外は、ほんとうに何も指示は出していないんですよ」(山岡先生)
まるで元々組まれていたかのようにパス、サーブ、コンビ、とメニューを変えていく。もちろん同様のものは合宿中の練習にも組み込まれているのだが、緊張もするであろう環境の中で、体を動かす準備を整えていた。さらには、参加者どうしの会話も自然に図られていたと想像できる。まさに、ボールを介したコミュニケーションだ。
男子のアンダーエイジカテゴリーを指導する山岡先生(中央)
自ら手を挙げて、進行役を買って出た3人
議事進行をスムーズに行う中学生たちの姿
驚きは続いた。そうして始まった午後の練習の冒頭で、山岡先生は「どういう練習をしたい?」と40名近い参加者たちに投げかける。ホワイトボードに意見を書く役を募ると、すぐに枩田大広(福井工大附福井中〔福井〕3年)、奥田優人(松任中〔石川〕3年)、城山歓太(城北中〔広島〕3年)の3名が手を挙げた。
その3人が進行役を務めたわけだが、なかなか意見が出ていないなか、城山が提案した。
「一度、2、3人で話して、意見を出し合おう」
そうして、グループごとに活発的に話し合いが行われ、最終的に建設的な意見交換がなされたのである。
恐れ入った。社会人になっても、会議や話し合いの場を進めるのに苦労することもあるのだが(筆者の経験上で申し訳ない)、中学生たちが自ら議事進行を、それもスムーズな方法を交えて行なっているのだ。
山岡先生に聞いてみる。これは一体…?
「まずは隣の子と話してみよう、というのが、今の中学校の授業のスタイルなんです。まずは隣や周りの子と話してみて、その考えを共有して、全体に伝えていく、というのが」
練習の合間も自然と輪になったり、円陣を組むような姿が見られた
「主体的・対話的で深い学び」に取り組む現在の教育現場
ここに、アクティブラーニングという単語がある。学習指導要領において、現時点では「主体的・対話的で深い学び」と称されているものだ。これが現在の学校教育におけるスタイルになっているそうで、日本中体連の小澤秋仁部長(三宅中〔東京〕)はこのように解説する。
「これまでは、“チョーク&トーク”つまり、黒板を使って教員が話す、という知識詰め込み型の授業を施していました。ですが、グローバル化を進めていくなかで、自分の考えを持ち、意思を持って行動していかなければならない、という観点から、アクティブラーニングが始まり、今の『主体的・対話的で深い学び』に至っています。
例えば、グループワークが多くなったのも一つです。教員が一方的に教えるのではなく、まずは自分の意見をもとに2人組、3人組で交換しましょう、と。ただ、やはり自分の意見を発信することが難しい子もいますから、学校によってはファシリテーターつまり活発的に議事進行を務める役を育てることにも注力し、意見を引き出す力を養いながら、意見交換する仕組みをつくるようにもしています」
それは、今回の合宿で中学生たちが見せた姿とリンクして映る。
女子でもグループごとに分かれて、メニューに取り組んだ
野球からバレーボールに転向したばかりの枩田大広(まつた・たいこう)
「声出しや雰囲気づくりは誰にでもできる」と枩田大広
「学校教育の成果がこうした場で出ているなら、教員としても喜ばしいかぎりですよね」と山岡先生。もっとも、これが直接的な要因であるかは定かではない。本人の性格や心持ちにもよるからだ。進行役を務めた一人、枩田(元日本代表、パナソニックでプレーした枩田優介は伯父)は、手を挙げた際の胸の内を明かす。
「僕自身、バレーボールを本格的に始めたのは中学2年生の夏からです。周りと比べると、技術面ではまだまだどころか、いちばん下だと感じています。ですが、下手くそでも、声を出したり、雰囲気をつくることは誰にでもできるので。コミュニケーションや声出しは、いつも大事にしています」
競技歴はおよそ半年。それでも臆することなく、自分の思いを行動に移していたのである。「消極的にならず、どんどん言っていきたいタイプなので。ここで学んだことにもっともっと取り組んでいきたいですし、明るく、“こいつがいれば安心する”と思われる選手になりたいです」と語る姿は堂々としており、頼もしいかぎりだった。
積極的な姿勢が光るメンバーが多かった男子の参加者たち
バレーボールをするうえで大事な要素でも
自分たちで考え、判断し、行動する姿勢。それはバレーボールという団体競技において欠かせない要素でもある。
「女子のアンダーエイジカテゴリーでは、JVA(公益財団法人日本バレーボール協会)がインプットではなく、アウトプットすることを重視していますよね。学校の現場でも、『さぁ、話しましょう』となっても黙りがちな学生が見られたのが、今ではだんだん変わってきています。
特にバレーボールは、1セットあたりおよそ30分弱のうち、ボールが動いているのは5分ほど。プレー間は十数秒なわけで。その短時間で、状況判断し、思考し、それを端的にまとめて相手に伝えることをしなければなりません。勝負するうえでも、頭を働かせることは重要になってきます」(小澤先生)
今年2月下旬、日本中体連による全国中学生選抜のイタリア遠征が行われ、令和5年度の強化事業はひとまず区切りがついた。今回の長身選手発掘育成合宿は、その全国中学生選抜の第一歩といえるもので、すでに選考は始まっている。
積極的で意欲にあふれた選手が集まった2024年度の中学生たち。彼らがこの先どのように成長していき、やがて日の丸をつけるのか、わくわくする。
(文・写真/坂口功将)
ハイタッチでムードを高まる様子も印象的だった
令和5年度全中選抜イタリア遠征レポートなど中学生の話題は『月刊バレーボール』4月号に掲載
【ギャラリー】金の卵が集結。令和5年度全国中学生長身選手発掘育成合宿の模様