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就実高が再認識した「バレーができる感謝」 フィリピン遠征で「どうしても知ってもらいたくて」と向かった先

インターハイ女子準優勝の就実高(岡山)が、8月20日(火)~24日(土)にフィリピンへ遠征した。親交のあるVリーグの倉敷アブレイズや、現地のプロチーム、ファームフレッシュフォクシーズのサポートで実現。コート内外でかけがえのない経験を積んだ

 

 

トンド地区の子どもたちと交流する就実高の選手たち

 

 

倉敷アブレイズの縁で

現地プロチームと練習試合

 

 新型コロナウイルスによって欠場を余儀なくされた春高から、およそ1年半が経つ。戦わずして三連覇の夢が断たれ、涙に暮れた当時の3年生。その無念を胸に、昨年度の春高では2年ぶりの頂点に輝いた。だが、そのスパイカー陣が残る今夏のインターハイでは準優勝。何かを変えなければならない。西畑美希監督には危機感が募っていた。

「感謝やありがたみを忘れてきているんじゃないかと思って。コロナ禍で大会自体がなくなり、何もできない時期もありました。今は全部ができるようになってほんとうは素晴らしいのに、もう薄れてきているんじゃないか、と。もう一回、思い出さないと」

 

 その絶好の機会だった。金蘭会高(大阪)に決勝で完敗したインターハイからおよそ1ヵ月後。就実高の選手たちはフィリピンにいた。

 

 ふだんから練習試合を行うVリーグの倉敷アブレイズが交流していたのが、フィリピンのプロチーム、ファームフレッシュフォクシーズだった。インターハイ前、倉敷に練習試合を申し込んだ際、日本を訪れていたファームフレッシュと対戦する機会に恵まれた。コート上で発した熱量が、そのオーナーの心を揺さぶった。「オーナーさんに『君たちなかなかやるね。フィリピンに招待するから来ませんか?』と言ってもらえました」(西畑監督)。そうして、選手たちにとっては初めての海外遠征が実現した。

 

 朝の6時から練習を始め、午前、午後でそのプロチームや現地の大学生と5セットマッチ。ファームフレッシュ戦は5-0で勝利するなど、ほとんどの試合でセットを落とさなかった。守備は粗削りだが、圧倒的な高さとパワーを誇るフィリピンの選手たち。エースの福村心優美は「コートの中に打つだけでは、レベルが上がったら通用しなくなる。将来バレーを続けていくには、もっと技術が必要だと感じました」と国内にはないスケールを肌で感じた。

 

 

相手コートには高さのある選手も並んだ

 

 西畑監督が学んでほしかったのは、プレーだけではなかった。マニラは世界屈指の渋滞都市で知られる。窓から手を伸ばせば隣の車に触れるほどの狭い車間に、子どもたちが立っていた。ハンカチやピーナッツを売ったり、信号が赤になると窓を拭いてチップを稼ぐ者も。西畑監督はコンビニからの帰り、赤子を抱く母親に腕をつかまれ、「この子に食べ物を!」と懇願されたこともある。ふだん、自分たちがどれだけ恵まれた環境で生きているのか。西畑監督には訪れたい場所があった。

 

 海を渡って4日目。午前中の練習試合を終え、選手たちはバスに揺られていた。「自分たちがいる環境が、ほんとうはすごくいいんだよ、とどうしても知ってもらいたくて」。西畑監督が頼み込んだ、予定にはないプログラムだった。到着したのは、体育館から40分ほど離れたトンド地区。子どもたちに、ダンボールいっぱいに詰めたお菓子を配りにいくと、一気に争奪戦になった。懸命に腕を伸ばし、手にしたお菓子は取られないよう服の中に隠す。日本でいえば、バレーボールを始めるぐらいの年頃だろうか。裸足で服を着ていない子どももいた。

 

 「バレーボールができる感謝」。長年競技に打ち込んでいれば、何度も耳にする言葉だろう。頭ではわかっていたはずだが、福村はその意味を初めて知った気がした。

「毎日食べ物を食べられたり、バレーができるのは当たり前ではないとあらためてすごく感じて。もっと頑張らなきゃいけないと思いました」

 

 体育館に戻ると、午後からの現地の大学生との試合に向けて西畑監督は選手たちに呼びかけた。

「原点に戻ろうよ。バレーってほんとうは楽しいんだよ、って。勝たないといけないとか、結果を残さないといけないとか、そんなことではなくて。点を取ることが、ボールを拾えることがうれしい。このコートで走りまわることが幸せなんだよ、って」

 遠征ラストゲームは、いちばんの試合内容で締めくくった。

 

 

充実した試合内容で遠征を終えた

 

 

キャプテン交代を経て

いざ国スポの頂点へ

 

 チームのモットーは「基本に忠実に」。今年も含め、直近5年で3度の日本一に輝く春高では、いつもその姿を体現していた。だが、今季はその信念が揺らいでいた。福村、髙橋凪、押川優衣の3人のスパイカーは1年生時からコートに立ち、昨年度の春高の頂点も知る。しかし、準優勝に終わったインターハイを含め、最上級生になってからの立ち居振る舞いに指揮官は満足できていなかった。

3年生が3人いるから誰かに任せているのか。ミスが嫌いなのか、恐る恐るバレーをするので。この3枚がどしっと立ってくれれば、うちのチームはほんとうに強いのに…。私たちがやらないと、じゃない。私がやらないといけない」

 

 異国の地で西畑監督は手を打った。遠征初日に行われた、現地大学リーグ1位チームとの試合。ラリーが続くなかで、ミスを重ねたのは3年生だった。福村が「基本を徹底できていないプレーをしてしまった」と振り返るように、ほころびが目立ってセットを奪えず。試合を終えると、西畑監督はキャプテンを福村から2年生の比留間美晴に代えた。

 

 なかでも、指揮官が奮起を求めるのがエースの福村だ。春高連覇に導いた深澤めぐみ(久光)の番号「4」を1年生から背負い、得点源としてチームを背負ってきた。だが、西畑監督は「福村は皆さんが思われているより精神的に弱い。今までのエースに感じていた安心感がまだありません」ときっぱりと言う。

 

 3年生がどうあるべきか。福村は知っていたつもりだった。2年前は岩本沙希(日本体大2年)がキャプテンを剥奪された。1年前は、下級生時からコートに立つ河本菜々子(青山学院大1年)、岡﨑杏(桜美林大1年)がメンバーを外されたこともあった。

「まだまだ足りてない、ダメなんだな、って。ミクさん(西畑監督)には『3年生の安定はチームの安定』と言われていて、それは去年も一昨年もずっと3年生が言われていました。頭ではやらないといけないとわかっているけど、実際はそううまくいかない。情けないというか、自分のふがいなさが悔しかったです」(福村)

 

 

もがきながらもエースの役割と向き合う福村

 

 だが、心が折れかけながらも、はい上がった先輩たちも知っている。帰国後も押川、髙橋と「少しずつ変わった姿を見せていこう」と誓い合った。後輩たちに明るく声をかけ、チームが前を向くようにアクションを起こす。921日の皇后杯中国ブロックラウンド決勝では岡山シーガルズに1-2で敗れると、福村は直訴して再びキャプテンに(※)。腹をくくった。

 3年生、そしてエースとして何ができるんだろう、とずっと考えていました。エースは最後に打ってチームを勝たせることが仕事。どんな状況でも自分が不安そうにしたり、恐る恐る打ったら周りの人に伝染してしまうと、この皇后杯予選や試合で学べて。やっぱり自分はどんな状況でも思いきって打たないといけないし、どんな相手でも自分が打って勝たせないといけない」

 ※国スポでは登録上、比留間がキャプテンを務める

 

 さまざまな感情と出会った夏を終え、106日(日)からは佐賀県で行われる国スポに臨む。インターハイで苦しみながらも、近年は浮上のきっかけにしてきた大会だ。西畑監督は「ここでやらないと春高は無理でしょう。2回勝たせたら向こう(金蘭会高)は自信を持つし、うちの選手は自信がなくなる」と、勝負どころとにらんでいる。その軸になるのは、やはり3年生だ。

「福村、押川、髙橋がほんとうの軸になったとき、私たちは必ず日本一になります。その中でも特に、福村が別格でなければいけない。でも、それができなければ私たちは負けます。踏ん張るか、崩れるか。見よってください」

 

 異国の地の子どもたちは、お菓子をつかむべく必死に動いた。その姿を見た西畑監督はこう話していた。

「そりゃあ欲しいもん。待っていたって、あの子たちは何ももらえないから」

 ほんとうに手にしたいものを、いかに手にするのか。ボールもネットもないトンド地区に、そのヒントは隠されていた。

 

 

現地でのかけがえのない経験をこれからのシーズンにつなげられるか

 

 

文/田中風太(編集部)

写真/チーム提供、編集部

 

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