バレーボールの中学生世代にとってその年いちばんの舞台となる「JOCジュニアオリンピックカップ全国都道府県対抗中学大会」(JOC杯)の第38回大会が昨年12月に大阪で開催された。その中でも快進撃ともいえる戦いぶりでベスト8入りを果たしたのは、男子の神奈川県選抜。敗れた準々決勝で最後にアタックを打ったのは、県選抜としては初となる、地域クラブ在籍でキャプテンに任命された鈴木悠(浜岳中3年)だった。
第22回大会以来となる準々決勝進出を果たした神奈川県選抜男子
感情を爆発させながらコートを駆け回る姿はときに荒々しく映り、それでいて試合前後の整列ではすがすがしいほどに大きな声を張り上げる。今大会の神奈川県選抜男子はそうしたムードを対戦相手にぶつけた。予選グループ戦では長身エースを擁する富山県選抜に競り勝つと、決勝トーナメントでは一回戦で大分県選抜、二回戦で福岡県選抜と例年チーム力の高さに定評ある九州勢を撃破し、3位の成績をあげた第22回大会(2008年)以来となるベスト8進出を果たした。今大会で初めて県選抜の指揮を執ることになった青木謙典監督(富士見中)は言う。
「チームとしては大会本番で東京都選抜と戦いたかったのですが、それができなかったのは悔しいところです。ただ、誰もが神奈川県選抜が勝ち上がってくるとは思っていなかったはず。ダークホースだったでしょう?(笑)
決勝トーナメントは『九州大会かな?』と思える対戦相手との連続でしたが、それもまたおもしろかったですね。優勝はもちろんでしたが、ベスト8を目標に取り組んできたので、誇らしいです」
チームを好成績へ導いた青木監督に、聞いてみたかったことを投げかけてみる。キャプテンの人選について、だった。
選考にあたって選手たちに投げかけた一つの質問
名門校がひしめく東京都を筆頭に、全国のなかでもとりわけ激戦区の関東ブロック。関東大会を突破すること自体のハードルが高いわけだが、それでも神奈川県は武相中や早渕中、西中原中、向丘中などが全国大会出場の実績を持ち、今回の県選抜でもそうした学校から選出されたメンバーが名前を連ねた。
そんななか、地域クラブの「藤沢クラブ」で活動する鈴木悠がキャプテンを務めることに。県選抜としては初のケースであり、それは異色に映った。その抜擢にあった理由を、青木監督は目を輝かせながら、こう明かした。
「総勢270名から県選抜のメンバーを選考したわけですが、面談の最後に必ず一つの質問をしていたんです。それは『初めてバレーボールをやる子に、競技の楽しさを教えるなら何を伝えますか?』というもの。たいていはスパイクやレシーブと答えるんですけどね。
鈴木だけは『自分は小学生からバレーボールを始めて、サーブが全然入らなくて、初めて入ったときの喜びが忘れられないんです。だから、その子にサーブを教えてあげて一緒にゲームをやるんです』とにこにこ笑いながら答えました。その回答と表情を見て、キャプテンはこの子しかいない、と決めました」
実のところ青木監督は、この質問に関して自分なりの答えを持っていたそう。それにマッチする選手をキャプテンにしようと考えていたが…。
「私が思うに、バレーボールのいちばんおもしろいのは、負けているときに“みんなで1点を決めること”だと考えていました。そのワクワク感が競技の楽しさそのものだと。
でも、そうではない視点からの回答に、僕もうれしくなってしまって。ほんとうにバレーボールが好きな少年なんだな、と感じて、迷わず彼にしたんですよ」
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コンビバレーの土台となったチームワークにおいて光った存在感
青木監督が話すに地域クラブとの接点はほとんどなかったというが、「ビーチバレーボールなどで全国大会に出ているクラブということは存じ上げていました。とはいえチームでも彼はキャプテンではない。でも彼がキャプテンだったら、県選抜でもにこにこしながら取り組んでくれるだろうなと想像していました」と明かす。
そのうえでの抜擢は、当の本人にとって驚き以外のなにものでもなかった。鈴木は振り返る。
「自分はキャリアもなくて、最初は県選抜に選ばれることもないだろうなと思っていました。ですが、青木先生がキャプテンに選んでくれて、絶対に勝つんだという思いで活動に臨みました」
チームづくりにおいて生かされたのは、コミュニケーション力の高さだ。地域クラブ自体、異なる学校から集まったメンバーで活動する。それは県選抜と似ており、鈴木は「全員に話しかけること」を意識し、そうしたキャプテンの姿勢がしだいに抜群のチーム力につながった。これには青木監督も「とにかく仲がよかったですね。練習でペアを組むときも、いつも組み合わせを変えよう、とか。部屋割りも『今日は誰々でいく?』なんていつも言っていましたから」とほほえむ。
そのチームの中で鈴木自身はレシーブに徹する役目に回った。藤沢クラブではエースなのに、だ。
「藤沢クラブでは自分しか打つ選手がいなかったので、“俺がチームを勝たせるんだ”という思いでした。ですが、県選抜ではみんなが打って、ブロックされても拾い上げて、得点につなげることを体験しました。それにサーブレシーブから全員でコンビを繰り出すのがおもしろかったです」
「鈴木で終わったなら、それでいい」とチームメートたちの声
チーム自体は、実に30にも及ぶサインから繰り出すコンビバレーを武器とした。メンバー交代を積極的に行い、ローテーションによって“ヒーローが変わる”ことは選手たちにとっても意欲をかきたてられた。
そうして臨んだJOC杯は最後、準々決勝で熊本県選抜に敗れる結果に。ただ第1セットは29-31と競り合いを演じ、第2セットも22-25とくらいついてみせた。その試合最後にアタックを打ったのは鈴木だった。
「選手たちから『はるか(鈴木)で終わったなら、それでいい』という言葉がありました。第2セットのあの場面、私もベンチからセッターと目を合わせたら『はるかですよね?』とサインを出してきたんです。あとは『全員でおとりに入るんだ』と私からは伝えて、ライトの鈴木にトスが上がりました。決まらなかったですけれど、チームの戦い方としては完璧だったと思います」(青木監督)
得点とはならず、試合終了のホイッスルとともに鈴木はその場に突っ伏した。「全然ダメなキャプテンだった」と鈴木は自身を戒め、決めきれなかったことを悔やむ。
けれども、県選抜活動の最後に上がったそのトスは、鈴木がこのチームのキャプテンだったことの何よりの証しであると同時に――。
「藤沢クラブで中学3年になって、自分しか打つ選手がいないことが逆につらくて、バレーボールをやめようと思ったときもあったんです。それでも続けたらいいことがあるから、と。今はやめなくてよかったなと感じます。キャプテンの経験もこの県選抜が自分にとって初めてで不安もありましたが、どんどんみんながチームとしてまとまっていくのが楽しかったです」
監督を驚かせた、バレーボールへの向き合い方から始まった鈴木のJOC杯は、彼だからこそ得られた達成感とともに幕を閉じたのであった。
(文・写真/坂口功将)
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